第60話 研究員の失策
トールとシャルロッテは、ほぼ同時に目が覚めた。
二階の仮眠室は、シャルロッテ曰く「トールと寝るなんて最悪」な相部屋であった。
研究員が使う部屋で、一部屋に4つのベッドが並んで置かれた以外何もない質素なものである。
二人は、互いの距離が一番遠くなる位置のベッドを陣取っていた。
太陽はすでに高い位置まで上っている。
遅い朝の光で目が覚めた彼らは、寝起きのボサボサ頭に恥じらいを感じて、お互いがそっぽを向く。
ちょっと気まずい空気が流れたちょどその時、隣の部屋からメビウスの悲痛な叫び声が聞こえてきた。
別の部屋のドアが開いて、メビウスの部屋に誰かが入っていく音がする。
トールとシャルロッテは、お互いに頷いて様子を窺いに行った。
そして、メビウスの部屋の前まで忍び足で近づき、ドアに耳をくっつけた。
「やられたぞ!! あいつめ!!」
メビウスが、絶叫した。
あまりに大声なので、トール達は首をすくめた。
「フクロウ便ですか?」
これはクラウスの声だ。
「左様。あいつからの連絡が今来よった」
「なんと?」
「深夜に村に着きました。
『こんな夜遅く』と、村長に怒られましたが、アンジェリーナのダウンロードまでうまく行きました。
二人とも、もの凄い魔力です。
一人は痩せていて、一人は太っています。
もう遅いので、私は村に泊まりました。
アンジェリーナは先に帰りました。
夜が明ける前に車で出発しましたが、陽が出るか出ないかくらいの時刻で、馬に乗った白マント三人組と黒マント二人組に襲われ、二人を奪われました。
白マントと黒マントは争っていましたが、一人ずつ奪って去って行きました。
三人組は髪の毛が白く、衣装は上から下まで真っ白で金ボタン。
二人組は衣装は黒づくめで、暗くてよくわかりませんでした」
二人は沈黙する。
先に沈黙を破ったのは、メビウスだ。
「あいつは、要領を得ん! これじゃ誰に奪われたのかわからん!」
「メビウスさん。おそらく、白マント三人組はフランク帝国の白魔法の連中です。手紙に書いてある特徴なら、ほぼ間違いないでしょう。黒ずくめは、ポーレ王国の黒魔法使い、グリューネヴァルトのエルフ、スカルバンティーア大公国の山賊、イタリオン連邦の親衛隊、スベリエ王国の盗賊団――」
「もうよい! つまり、わからんということだな? それにしても、なんでローテンシュタイン帝国が、諸国から簡単に入り込まれ、人が奪われるのかね?」
「さあ……」
「我が国の国境警備はザルなのかね!」
「結構緩いとは聞いています。……にしても、奪われたのなら仕方ありません。ところで、あの子達四人はどこの養子に?」
「今、養子引き受けの依頼文を書いておる。どこに引き取ってもらうか、おおよそは見当が付いたがな」
「ほほう。で、どこです? あの12ファミリー、12の魔法使い一族から選ぶのは、当然ですよね?」
「言わずもがなだ。これだけの魔力を扱える子供を養子にできるのは、彼ら『12』しかおらん。それだけではないぞ。もっと上を狙っておる」
「まさか、……王族」
「左様。狙うは頂点よ」
「本当に可能ですか!?」
「だから、うんざりするほどの長文の美辞麗句を並べた、巻物みたいな手紙を書いておるのだよ。本題に入る前に、美辞麗句で1ページも使ってしまったわい」
「さすが、王族宛てとなると、手紙も凄いですね」
「『12』も、上から順番に。もちろん、爵位ではなく、力の順番だ。しかも、すべて言葉を換えないといけない。手紙を見せ合っこされたら、コピーがバレてしまう」
「そうですよね? 男爵でも力が上のファミリーがいるし」
「男爵なぞ相手にならん。あの子らの力を考えてみい。もっと上の爵位は必須よ」
「なるほど、公爵クラスですか。楽しみですね。で、『12』を全部呼ぶのですか?」
「一応、礼儀だからのう。すべての家へ手紙を出す。ただ、実際に来るのは、半分以下になるが」
「なぜです?」
「あの子らの魔力が釣り合わないからよ、自分の力と。つまり、恐れをなして、手紙は受け取るが、辞退する、ということ」
「なるほど。で、いつ招集をかけるのですか?」
「三日後」
「わかりました。じゃ、例の装置を準備しましょう。ローテンブルクの店に運んでおきます。あの装置のお披露目が楽しみですね」
それから、クラウスがドアに向かって歩く音が聞こえてきたので、トールとシャルロッテは、腰をかがめながらそそくさと部屋に戻った。
「ねえ。トール。あたしたち養子に行くの?」
「そうみたいだね」
「離ればなれになるの?」
「そうみたい」
「もう会えないの?」
「学校は一緒って聞いたけど」
「そっか。ならいいわ」
「ん? どうしたの?」
「あ! 勘違いしないでよね! 一緒にいたいとかそういうんじゃなくて――」
「はいはい。わかってるって」
二人は目に飛び込む日差しの暖かさに惹かれ、窓辺に向かって歩み寄る。
そして、さんさんと降り注ぐ陽の光を体いっぱいに浴びた。
こうしていると、光が体の中にしみこんで、力がみなぎってくるかのよう。
魔力の充電みたいなものだろうか。
とその時、二人は、窓の向こうから手を振って走ってくるパジャマ姿の女の子達に気づいた。
マリー=ルイーゼとヒルデガルトだ。
二人とも精霊との契約が終わって、彼女達にふさわしい精霊の力を手に入れたようだ。
嬉しさを隠しきれない様子から、それがわかる。
トールとシャルロッテも手を振って微笑んだ。
これで四人が力を合わせれば、怖いものなしだ。
そして、三日後。
ついに、少年少女達の引取先が決まる時が来た。




