第54話 大蛇の策略
先に動いたのは、またもや大蛇の方だ。
今度は、今まで巻いていたとぐろを、スローモーションのようにじわじわと伸ばしていく。
首がゆっくりと、さらに高く持ち上がった。
敗北した二つの首も少しつり上げられる。
トールの直感は、大蛇のスローモーな動きで鈍った。
そこで、直感を使わず推論する。
(何をしようとしているのだろう?
僕を狙うにしては、距離を取り過ぎているではないか。
明らかにおかしい。
警戒したのか?
それとも違う狙いがあるのか?
狙う獲物は、あの高い位置から見下ろす眼の先にあるはずだ。
その先はというと……)
彼は、魔物の視線が自分の頭を越えていることに気づいて、ハッとして後ろを振り返った。
斜め右奥の数メートル離れたところに、シャルロッテがスカートを広げてお座りの姿勢を取っている。
彼女の視線から察するに、魔物のスローモーな行動に見入っているようだ。
人は警戒すると体がこわばる。そして、動けない。
彼の直感が働いた。
奴の狙いはそれだ!
「逃げろ!!」
トールの怒鳴り声に、シャルロッテはビクンとなって、一瞬声の方向を見た。
だが、同時に、急接近する魔物の口が彼女の視界に入った。
瞬時に意味を理解した彼女は、服の乱れも気にせず、右方向へ転がった。
今度は背中をかすめる、太くて鋭利な牙。
口を閉じるバクッという音。
そこに挟まった草を強引にむしり取る音に、彼女は恐怖した。
トールは剣を中段の構えから上段の構えに変え、わめき声を上げて、邪悪な狩人に突進した。
すると狡猾な狩人は、すぐそばで半ば観念して青ざめる獲物を飲み込むのではなく、急接近する少年に向かって、三角形の頭を振り回した。
不意を突かれたトールは、その頭突きを正面から胸と腹に食らう。
肉体同士がぶつかり合う重くて鈍い音。
突進していた彼の勢いは簡単に押し戻され、逆に、万有引力を無視したかのように、後ろへ水平方向へ飛ばされた。
着地して数回転するトール。
持っていた剣は、あさっての方向へ転がっていく。
「……っ!」
唇を噛みながら直ぐさま起き上がることはできたが、この大蛇の攻撃は想定外だった。
肉体的な痛みよりも、悔しさで胸が痛む。
彼は胸を押さえながら、自分の失策に青ざめた。
邪魔者を遠ざけた悪魔は、昼餉の遅れを取り戻そうと、獲物の方に頭を戻す。
しかしそこは、もぬけの殻。
上目遣いで獲物の行方を捜す悪魔が見たものは、高く跳び上がった少女だった。
「レイピア!」
やられたトールを見たシャルロッテは、「自分がなんとかしなくちゃ!」と決意し、大蛇が気を取られている隙に後ろに向かって跳躍した。
そして、空中で魔方陣を形成し武器を取り出す。
左手でそれをガシッとつかんだ彼女は、華麗に着地した。
「さあ! 来るなら来てみなさいよ! 近づいたら、痛い目に遭うんだからね!」
距離を広げた彼女は、ここまで簡単に首を伸ばせないだろうと高をくくり、レイピアを魔物の鼻先に向けて挑発した。
ところが、その挑発に乗った魔物は大きな口を開け、いとも簡単に体を伸ばして、しゅるると近づいてくる。
「キャッ!」
敵の予想外の動きに彼女は慌てふためき、無我夢中で武器を槍のように投げつけた。
すると、開いた口の中に鋭いそれが突き刺さった。
それまで呆然として彼女の守勢を見つめていたトールは、もがく大蛇を見てブルッと震え、我に返った。
(なにボーッとしているだ!)
彼は自分の両頬を平手でバンバン叩くと、剣を取らず、右手の拳を振りかぶった。
「シャルウウウウウウウウウウッ!! 逃げて!!」
そして、雄叫びを上げ、大蛇の頭の一点を凝視しながら突撃する。
シャルロッテは、攻撃をトールに託し、一目散に逃げた。




