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僕と幼馴染みと黒猫の異世界冒険譚  作者: s_stein
第一章 異世界転生編

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第51話 苦戦するヒーロー

 とその時、シャルロッテを追う大蛇の首が、グンと伸びきって動きを止めた。

 少女を諦めたのか?

 いや、違う。

 反対側のメビウスを追う首と、綱引き状態になったのだ。

 シャルロッテは、その幸運に助けられて、さらに遠くまで逃げおおせた。


 左右に獲物を追って引っ張り合う首は、奇妙で滑稽な綱引きを演じる。

 これは、願ってもないチャンス!


 トールは、邪気を放つ丸太のような大蛇に臆することなく、剣を振りかざして大胆に肉薄する。

 そして、魔物の右を向く首めがけて、渾身の力を込めて剣を振り下ろした。


 破裂した水道管のようにほとばしる血しぶきの中、泣き別れになる悪魔の頭と胴体。

 ……のはずだった。


 ドシンと鈍い音を立てたのは、地面を叩いた長剣の剣先。

 一瞬で吹き飛ぶ、勝利の想像図。

 何が起きた?

 敵に深手を負わせて、なおも勢い余り、土塊までえぐったのか?

 否である。


 彼には、大蛇の首に刀身が当たったという手応えがない。

 柄から伝わってきたのは、斜め下の地面からの衝撃だけだ。


 剣を振り下ろすときに力を入れすぎて、半ば目をつぶってしまったトールは、開いた(まなこ)をゴシゴシこする。

 そして、確信した勝利と現実とのギャップに困惑し、愕然となった。


 見ると、鎌首がいつの間にかS字に変形して奥へ待避し、鼻先でフンとせせら笑っている。

 夢中で切りつけた彼は気づかなかったのだが、瞬間的に首が剣を避けたのだ。


 蛇眼は真横にある。

 だから、今までの少年の動きは、視野が広い大蛇には丸見えだったのである。

 巨体には似つかわしくない俊敏な動きに、してやられた。

 トールは、ただただ呆然とし、完全に動きが止まってしまった。


「左!!」


 トールは、背中にぶつかったクラウスの怒鳴り声に、ビクンとして正気を取り戻す。

 彼は、『左』イコール『左から襲ってくる鎌首』と瞬時に判断し、その方向を一瞥することなく、すばやく両膝を曲げて上方向に跳んだ。


 その方向に敵がいないことは確認したのか?

 否、していない。

 そんな余裕などないのだ。


 一種の賭けと同じ行為。

 これが時には身を助ける。


 重い剣を握っているにもかかわらず、トールの身体はトランポリンで弾んだかのように、10メートルも上昇した。

 無駄に強めの強化魔法を使ったことが功を奏す。


 その跳躍と同時に、中央の鎌首が、喉の奥まで見える口で彼がそれまで立っていた位置を強襲する。

 さらに、奥へ退避していた向かって右の鎌首が、同じ位置へ地獄の入り口のような口を突き出す。

 連携を取らない魔物の二つの首は、それぞれ自分のことしか考えない。

 その結果、二つとも肉塊同士が衝突する鈍い音を立てて、獲物をではなくお互いを噛んだ。

 そして、噛んだまま争いを始め、鎌首が高く持ち上がった


 上昇中のトールは、その光景を見下ろしてゾッとするも、すぐさま恐怖心を振り払うことに成功する。

 それから跳躍の頂点に達すると、剣を大きく振りかぶり、喉が()れんばかりの大声で気合いを入れた。


「はああああああああああっ!!!!」


 彼は、真ん中の首に狙いを定めた。

 そして、万有引力に逆らえない身体の落下による加速を利用し、ありったけの力を込めて剣を振り下ろした。


 全体重をかけたから、一刀両断で片が付く。

 今度こそ、邪気に包まれた首が飛ぶ。

 ……そのはずだった。


 ドスッ


 彼の鼓膜を叩く鈍い音。

 刀身から手首に伝わる、肉塊を押し切る強い抵抗感。

 これは、振り下ろした刀先が魔物の肉から受ける想定外に堅い弾力だ。


 落下速度よりもこの抵抗が大きく、手首が耐えられなくなり、柄を握る手がジンと痺れる。

 指の一本一本が、正義の剣の柄から引きはがされる。

 大物の魔物を切る一太刀は、バターを切るようにはいかないのだ。


 身体の落下の方が勝った結果、彼は空中でバランスを崩して仰向けになり、地面に背中を叩きつけた。


 まぶたの隙間から飛び込む天蓋の暗雲。

 遣い手より遅れて落下し、金色の軌跡を描く長剣。


 激痛の表情に似た悔し顔。

 強く折り曲げられて震える両手の五指。


 トールが頭の中で描いていたのは、剣を振り下ろせば、包丁でウインナーでも切るように、スパッと断面を見せる首だった。

 しかし、現実にはそれが空想であったことをイヤと言うほど思い知らされた。

 実際の首は、ウインナーに飾りの切れ目を入れる程度しか切れていないのだ。


 大蛇の中央の首は、鮮血をまき散らしながら苦しみもがくも、それは軽傷。

 初めて受ける痛手に動揺していたのである。

 残り二つの鎌首は、その仇討ちをせんと牙をむき、天を仰ぎ茫然自失する少年に向かって同時に急降下した。


 動けないヒーロー。

 誰もが、彼が大蛇に飲み込まれる瞬間を覚悟した。


 一人を除いては。


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