第47話 剣の正しい使い方
『オオカミは炎に弱い』
読者はすでにお気づきのことと思うが、マリー=ルイーゼは火炎魔法系の能力を持っているので、簡単に炎を使える。
ならば、彼女に手伝ってもらえば良いのではないか?
しかし、残念ながら彼女はまだ、まともに魔法を使えない。
指先に炎を出しただけだ。
潜在能力は高いが、火の精霊と契約していないので、大きな力を出せない。
なので、彼女は機会を窺いつつも、馬車の中から出しゃばらず、固唾を飲んでいたのだ。
ここで登場するのは、我らがクラウス。
彼はオオカミの弱点を聞いて、何か役に立てないか考えていた。
思案中のクラウスは試行錯誤の末、ついに、簡単な火の玉を手の上で作れることに気づいた。
野球ボールほどの大きさだが、残りの魔力を考えると、10個くらいは作れそうだ。
彼は試しに1個作って、雪合戦よろしく、オオカミに向けて放り投げた。
子供だましみたいな攻撃だが、シャルロッテと対峙するオオカミが驚くには十分だった。
火の玉が背中をかすめて慌てたオオカミは、それが飛んできた方向を向いた。
つまり、彼女に対して横向きになったのだ。
「隙あり!」
シャルロッテは、素早くオオカミに近づいて、レイピアを振り下ろした。
カキーンという乾いた音。
再度弾かれる正義の剣。
宙を舞う銀毛のかけら。
見ていられないのは、クラウスではなくフリードマンの方だった。
彼は右手で目を覆い、吹き出しながら少女を小馬鹿にする。
「ハハハ! お嬢ちゃん。レイピアってそうやって使うもんじゃないぜ」
と言った途端、フリードマンは彼女の心が読めてハッとした。
(しまった! 突き刺すものだと感づかれた!)
「なら、こうやるのね! 押しても駄目なら引いてみなって言うわよね!?」
シャルロッテは、この場に全く関係ない言葉を発して左手に渾身の力を込め、オオカミにレイピアを突き立てた。
すると、オオカミの右の腰辺りへ、レイピアが主の期待を一身に背負い、躊躇なく突き進む。
強化魔法を使っているので、彼女の動きは少女のそれではなく、数倍上である。
つまり、大の大人の剣捌きを軽く超えていた。
正義の剣は、魔物の体を守る銀色で鋼のように堅い体毛をかき分け、抵抗する針のような毛を容赦なく折る。
それでも鋭利な剣先の速力は衰えることがなく、獣の厚い皮膚を破り、血管と神経を引き裂き、肉の奥、腰骨の中まで入り込んだ。
こうして、シャルロッテの一撃は、素早い使い魔の動きを上回り、確実に仕留めることに成功した。
深手を負ってキャンキャン叫ぶ白銀のオオカミを、フリードマンは見たことがない。
しかも、鮮血を流して、地面の上で跳ねるように苦しみもがく姿を。
自分の使い魔が初めてやられて、彼は愕然とした。
「ごめんなさい! でも悪いのはそっちなんだからね!!」
シャルロッテは、抜いた剣を今度はオオカミの額に向けて、言うことを聞かないともう一度刺す仕草をする。
オオカミも、一応は牙をむいて喉を鳴らし、抵抗するそぶりを見せた。
しかし、動じない少女と動かない剣先から垂れる自分の血液を見るや、むくっと起き上がる。
そして、真っ赤な血に染まった右足を引きずりながら、ヨロヨロとフリードマンの所へ戻って行った。
彼女は獣を視線で追いながら、その行く先に立っているフリードマンを次の目標に変える。
そうして、まだ手応えが残る左手で、血が滴るレイピアの剣先を彼に向けた。
「そのオオカミ。あんたが飼っているんでしょう?
餌をやったり、お風呂に入れてそのキラキラ光る体を洗ったり、頭をなでて可愛がったり。
そういう家族みたいな動物に、なんて悪いことをさせるのよ!
もうこういうことは、やめなさい!
動物の心は、飼い主の心と同じになるのよ!」
ここでトールが加勢する。
「エルフの森が二つに分かれて、それが悲しい出来事であることは僕にもわかる。
でも、罪のない動物まで利用して人を悲しませたら、悲しんだ人は同じことを繰り返し、さらにそれより上回ることをやってしまう。
だから、その連鎖を止めなければいけないと思う。
みんなで殺し合いが始まったら、動物までいなくなるよ。
だから、おじさん達は、ここでオオカミもつれて、帰ってくれないかな?」
フリードマンは、慌てて少年の言葉を遮る。
「駄目だ! そいつらに利用されるぞ! こっちに来るんだ! エルフの森をめちゃくちゃにしたのは、そいつらのいるローテンシュタイン帝国なんだぞ!」
「シャルロッテ。剣を納めて。僕も納めるから」
「しょうがないわね」
二人は持っていた武器を、再度出現させた魔方陣の中へ納めた。
「ほら。もう僕たちは、おじさん達と戦わない。
僕たちは剣を納めたよ。
それで、こっちのおじさん達が僕たちを利用するって?
そうかもしれないけれど、その時は、僕たちは一暴れしてこのおじさん達をやっつけるよ。
それから、エルフの森へ行く。
それでいいよね?」
トールは、フリードマンと座り込んだままのジクムントを交互に見た。
「だから、おじさん達は、今ここで帰ってほしいんだ。
オオカミを怪我させたことは謝るよ。
でも、させたくてそうなったんじゃない。
不幸な事故であることはわかってほしいんだ」
フリードマンは、少年少女の心を読み、全く裏腹がないことを確認した。
「お頭。この子らは、言葉通りでさあ。本心ですぜ」
こちらを向いたフリードマンの表情を読み取ったジクムントは、「ふむ」と言って立ち上がり、尻を両手でパンパンとはたいた。
「まあ、よかろう、と言いたいところだが、そうも言っていられんのだよ」
ジクムントは、真剣な眼差しでトールを射る。
二人の視線は、空中でぶつかり合い、激しい火花が散った。




