第46話 シャルロッテの果敢な攻撃
「剣!」
トールが右の手のひら近くに金色に輝く魔方陣を作り、1メートル半はある長剣を出現させた。
彼はそれをがしっとつかみ、上に振り上げて両手でしっかり握った。
今度の剣は、鏡面のような刀身ではなく、鋼色の面に、剣先から鍔の付近までびっしりと古代文字が金色で描かれている。
それは、文字を浮き彫りにした上に金箔を貼ったように見えた。
古代文字は、あらゆる魔物から身を守る護符に書かれたもので、立ちふさがる魔物に見せただけでたいていは退けることができるものだ。
フリードマンは、少年がそのような見たこともない豪華な剣を出現させたこと、その自分の背丈もある剣を軽々と持ち上げたことに度肝を抜かれた。
驚いたのは、彼を含めた大人達だけではない。
一番驚いたのは、オオカミだ。
獣は、トールが剣を取り出すと、無言で後ずさりして遠ざかった。
しかし、フリードマンは叱責しない。
彼の意図は、トール達の気をオオカミに引きつけることにある。
トールもシャルロッテも、オオカミの回転に合わせて、体をじりじりと回していく。
黒猫は背中が総毛立ち、腹を地面にこするくらい体を落として、邪悪な獣を凝視している。
チャンス到来!
「投網!」
はやる気持ちの彼は、ほぼ無詠唱のスピードで魔法を繰り出す。
すると、反撃に身構える二人と一匹の頭の上から、宙に現れた網がザーッと音を立てて降ってきた。
糸の太さは、普通に網に使われる糸より2倍も太く、少年少女の力では到底破ることができない。
突然の捕縛に、シャルロッテは悲鳴を上げて暴れ回る。
トールは剣が網に絡んで動けない。
シャルロッテの剣は細いので、網から飛び出たままだが、彼女が振り回しても1ミリも切ることができないでいる。
「危ないよ! 剣を振り回したら!」
「うっさいわね! なんとかしなさいよ、これ!」
「オイオイ! キサマラ! アバレルナ!」
フリードマンは、思わぬ成果に顔がほころんだ。
「クククッ、さすがの魔力の持ち主でも、これは破れないと見える。ウハハハハハハ!!」
彼はカラカラと笑った。
とその時、
「切断!」
彼の喜びと高笑いは、その魔法名の叫び声で無慈悲に切り裂かれた。
同時に、投網がバラバラになって、光の粒となり霧散した。
目をつぶってしゃがみ込むシャルロッテは、まだ網に絡まっていると思ってレイピアを振り回していたが、体を押さえつけるものがなくなったのに気づいて、恐る恐る目を開けた。
トールは剣を振り上げたまま、何が起こったのかわからず、辺りをキョロキョロと見渡す。
黒猫は瞬きをしながら、消えゆく光の粒を数えるかのように眺めていた。
「おっと。あまりにこの子らが凄いんで、先生の存在をすっかり忘れていましたぜ」
フリードマンは、眼中になかったクラウスに改めて視線を投げる。
「君達の好きにはさせない!」
「そう言っていられるのも今のうち。生徒の前で血まみれになるのは気の毒だが、こいつが血に飢えているので勘弁してくれ」
フリードマンがオオカミに「やれ」と指示を出す。
オオカミは、躊躇なく、クラウスに向けて加速を始めた。
「やめなさい!」
シャルロッテは、人とは思えぬ早さでオオカミに近づき、その体の真ん中にレイピアを振り下ろした。
素早く近づけたのは、強化魔法のおかげだ。
彼女の正義の剣が獣を二つに切り裂く。
……はずだった。
カキーンという乾いた金属音。
切れたというより折れたのは、オオカミの自慢の体毛数本。
それが銀色を輝かせてキラキラと宙を舞う。
レイピアは堅い岩にでもぶつけたかのように、獣の体の上で弾んだ。
「何よ! この体! 鋼鉄みたいに堅いじゃないの!」
オオカミはクラウスへの突進を方向転換し、シャルロッテに向かって飛びかかろうとした。
彼女は恐怖し、目を罰点印にして、めちゃくちゃにレイピアを振り回した。
オオカミは、そのでたらめな攻撃に面食らい、両目をしばしばさせてのけぞった。
そのうち彼女は何を思ったか、目をつむったまま、まるで浜辺のスイカ割りのようにレイピアを真上に振り上げ、勢いよく振り下ろした。
偶然とは恐ろしいもの。
振り下ろした先にちょうどオオカミの顔面があり、そこへレイピアが激突した。
再度響く乾いた金属音。
跳ね返る剣。
その程度では怪我なぞしないものの、慌てたオオカミは、折れた数十本の体毛をまき散らし、数メートル後ろへ跳んだ。
そして、『こいつ、やるな』とでも言いたそうな顔で、ハッハッと息を吐く。
シャルロッテは、眼を開け、レイピアを地面に叩きつけてふてくされた。
「何あいつ! ガッチガチに堅いじゃん! んもおおおおおおおおおおっ!!!」
全身に光を纏った彼女は、オオカミの燃えるような赤い瞳に物怖じせず、睨み返す。
そうして、両者の視線は激突し、放電のようにスパークした。




