第45話 真打ち登場
閉まりかけていた先頭の馬車の扉が、小さい手で開かれた。
フリードマンは、その手だけ見えたので、「なんだ。また餓鬼か」と思った。
しかし、扉の陰からひょいと覗かせた顔を見て、ギョッとした。
魔力が後光のように輝いている。
普通、それは魔王クラス。
しかし、顔は少年。
そのギャップに、血の気が引くほど驚いたのだ。
もちろん、その顔の持ち主はトール。
サラサラヘア。西洋人のように整った目鼻立ち。きりっとした眉と長いまつげ。
将来の美少年を約束された顔だ。
彼は少し前に、いよいよ実戦を迎えることに奮い立ち、腹の底から力を入れて、強化魔法と防御魔法を全開にした。
いや、しすぎたのだ。
おかげで全身が防御魔法で最大の紫色になり、さらに強化魔法で黄金色に輝いた。
最大級の力の上乗せ。
加減を知らないトールの始まりだ。
彼は、扉の中からぴょんと飛び出して、シャルロッテより後ろの草むらへ軽やかに音もなく着地した。
黒猫も馬車の中から跳躍し、トールの左足の近くで着地する。
彼は全身が黄金色、内側が少し紫色の光を纏っている。
まだあどけなさが残るが、表情には確たる信念を覗かせている。
そして、ゆっくりシャルロッテに向かって歩み寄った。
まるで少年のような『魔王』の登場。
彼の従僕のように歩調を合わせる、目の色が違う妖しい黒猫。
フリードマンは、彼らの登場に震え、なすすべもなく佇む。
白銀のオオカミは、ひれ伏すように地面に腹をつける。
ジクムントは、後ずさり、馬の腹に体をもたれた。
しかし、すぐに腰を抜かして、背中で馬の腹をこすりながら、地面に座り込んだ。
震える唇からは、声が出ない。
一方、クラウスは両手で顔を覆い、「やりすぎだ」と小声で嘆く。
シャルロッテは、大人達が自分より後ろに視線を向けているのを感じ取り、後ろを振り返った。
彼女は視界にトールを認めると、急にふくれっ面になった。
「あんた何しているのよ! ここは私に任せてって言ったじゃない! 二人もいると戦いに邪魔よ!」
トールは目をつぶってかぶりを振る。
「シャル、それは無理だよ。相手はオオカミを召還したんだよ。数が合わないじゃないか? 敵が有利なんて、不公平だよ。なあ、マックス」
「……」
黒猫は、呼びかけに応じない。
「ソッカ。コトバガ ワカラナイカ」
「オオ! ナンダ、イキナリ。……チョウド イイ。アノ オオカミ ホノオニ ヨワイゾ」
「マックス、サンキュー」
「ニャンタロウ ダガナ。マア イイ」
フリードマンもジクムントも、黒猫がしゃべったので、顎が外れたかのように口をあんぐりと開けた。
しかも、猫語なのか、意味不明な言葉で少年と会話しているように思えた。
「そのオオカミ、炎に弱いんだってさ」
「炎!? 私、火炎放射器みたいに炎なんか出せないわよ! 出せるのはこれ!」
シャルロッテは左手を真横へズバッと伸ばし、手首を90度に曲げる。
「レイピア!」
すると、彼女の左の手のひら近くに銀色に輝く幾何学模様と古代文字の魔方陣が現れた。
そして、そこからみるみるうちに1メートル超えのレイピアが出現した。
それは魔方陣の光を受け、刀身がキラキラと銀色に光り輝く。
今回は、少し前に馬車の中で練習して出したときより、特に柄の部分が豪華になっている。
湾曲している部分に茨のような造形が追加され、柄には象眼のような装飾が施されているのだ。
彼女は、それを左手でがしっとつかむ。今度こそ、間違えない握り方で。
「あれ? 左手で出すの? 最初は右手だったじゃん?」
トールの疑問にシャルロッテは、オオカミを睨んだまま答える。
「あん時はあんたの真似をしただけ! 私は本当は左利きなの! こっちで持つ方が断然馴染むわよ!」
そして彼女は、オオカミに、続けてフリードマンに剣先を向ける。
「さあ、オオカミを魔方陣へ戻して! 今すぐ!」
剣先を向けられた彼は、ゴクリとつばを飲み込む。
そして、オオカミと一緒に、後ずさりを始めた。
「奴らを捕らえよ! 何をしてもかまわん! 黒猫もだ!」
ここで、ジクムントがようやく声を絞り出した。
フリードマンとオオカミは、その声に押されて後退を停止した。
しかし彼は、今更な主の命令にがっかりし、かつ目の前の圧倒的に不利な状況になかば絶望を感じていた。
さあ、どうする?
オオカミにやらせるとしても、どうやって?
一人でも勝てる気がしないのに、二人もいて、何をすれば?
ここで彼は、忘れ物を思い出した。
自分の能力に今更ながら気づいたのだ。
トール達の心を読み取ればいいではないか?
彼の場合、相手の心を読み取るには、相手がおよそ10メートル以内にいれば十分。
ちょうど二人は6メートルくらい離れた所にいるから、楽勝である。
(なるほど、よしよし。オオカミに気を取られている。どうやって引っ込めるか、考えているな。あの剣で叩いたりして脅かすようだ)
「左へ回り込め」
フリードマンは、トール達には全く聞こえないささやき声で指示を出した。
蚊の鳴くような声でも、この獣は主人の声を聞き分けることができるのだ。
オオカミはゆっくり左に歩み始め、二人に顔を向けたまま遠巻きにするように円弧を描いた。




