第43話 助太刀の機転
ここでフリードマンがジクムントにささやいた。
「お頭。大丈夫ですかい? 何もお頭が直々に手を下さんでも、ここは、あっしにお任せくだせえ」
彼がそう提案したのは、実は、ジクムントがいつもの冷酷さを欠いて骨抜きになっており、少女に感心が高まっているのが気が気でないからである。
ジクムントは「よかろう」とフリードマンの提案に許可を与えたが、万一のためを思って彼へヒソヒソ声で指示する。
「侮るでない。小娘に全力を出されると、お前の使い魔どころか、お前でも勝てない」
「マジですか? 確かに魔力の数値がかなり高いのはわかるのですが、そこまで?」
「ああ。あれは、化け物だ。本人は、わざと体を小さくして、こちらを油断させているやもしれぬ」
「なるほど。それは、あり得やす」
「それに、気が変わった。
これほどの魔力が奴らの手に渡ると面倒だから、あの口汚い小娘は侮辱した罰として殺さず、隙を見て生け捕りにしろ。
そして、『例の男』に小娘の籠絡を一任させろ。
奴ならうまくやるはずだ。
そうすれば、必ずこちらになびくはず」
「わかりやした。お頭がそうおっしゃるのなら、あっしも賛成です。
それに、ついにあいつのご登場ですかい?
色男と小娘。
こりゃ、面白いことになりそうですぜ。へへへ」
こうしてジクムント達は、シャルロットを斃すのを諦め、捕らえることにした。
ただ、魔力に勝り、大人を威圧するほど大胆不敵なシャルロッテの方が楽勝かというとそうではない。
一般的に、魔力がふんだんにあっても、それが十分発揮されない人が多い。
魔法は、メンタルに左右されるのだ。
よって、魔力の差は、実戦の場で勝てることの必要条件になり得るが、十分条件にはならないのだ。
「頼んだぞ」
「へい。心が読めるから、先回りして攻撃しやす。そうなれば、ど素人相手に無敵ですぜ」
フリードマンも小声で返して、ほくそ笑む。
(いくら我らより圧倒的に強い小娘が相手でも、隙を狙えば勝てるはず)
馬を待たせているところまで後退したジクムントは、そう自分に言い聞かせる。
根拠はない。確証もない。
だが、そう信じたい。
彼は、そういう思いであった。
そして、自分の手のひらにこれほど汗をかいた記憶がないことに気づいたのである。
フリードマンは、シャルロッテに軽く一礼する。
ただし、目は彼女に釘付けになったままだ。
「さあ、お嬢ちゃん。始めるとするか。その前に、ご挨拶といこう。名前は?」
「名前を聞くなら、そちらから名乗りなさいよ! 失礼よ!」
「おーーーっと、そうだった。お嬢ちゃん、これは失敬。我が名はフリードマン」
彼は、高貴な身分の女性相手に挨拶するように腰を落とし、片膝を立てた。
もちろん、皮肉である。
「あたしはシャルロッテよ」
その皮肉に気づかない彼女は、両手でスカートの裾をちょっと広げ、左足を後ろに下げて、軽く膝を曲げる。
それは、何かの本の挿絵で見たことがあるお姫様の挨拶のつもりだった。
着ているのが質素で素朴な民族衣装なので、ドレスを着ているより格好が付かない。
それでも、フリードマンが騎士のように胸に手を当てて追加の挨拶をするほどの効果があった。
これから決闘なのに、二人して何をしているのか、クラウスの頭の上には疑問符の山が浮かんでいた。
「お手柔らかに」
「私の手なんか握ったことないくせに! 何で柔らかいってわかるのよ!?」
「ハハハ! お嬢ちゃんのそういうところ、結構面白いぜ。めちゃくちゃだけど、可愛いから怒る気にならねぇ」
フリードマンは失笑しながら立ち上がり、小声で詠唱を始めた。
シャルロッテは、彼の尋常ならざる魔法の発動を感じ取り、身構えた。




