第42話 圧倒される大人達
虚を突かれたジクムントとフリードマンは、呆けた顔を少女へ向けたままだ。
彼らの過去の記憶をたどってみても、今まで目にしてきた子供や大人は、皆自分に対して恐怖に怯える者ばかりで、ここまでズバッと言い切る者は誰一人いなかったのだ。
二人とも、親は育ての親しか記憶にないが、その親にも怒られることはなかったのである。
「だいたい、魔法でこんな悪いことする人の話を信用しろですって!? よくもそんなぬけぬけと嘘をつけるわね! か弱いお年寄りをがんじがらめに縛っている縄を、今すぐ解きなさいよ!」
恐れを知らないシャルロッテは、さらに畳みかける。
こうまで彼女が大胆になれるのは、強化魔法と防御魔法によって自分がこの場で最強になったと勘違いしていたからだ。
それが、一少女の無謀な行動につながって、エルフの四天王、およびその右腕と対峙している。
すごい剣幕でまくし立てている方が相手を圧倒しているのだ。
滑稽だが、事実である。
ジクムントは、ようやく我に返った。
そして、少女の魔力をスキャンする。
その途中で、彼の切れ長の目が大きく見開き、そこから眼球がこぼれ落ちんばかりになった。
(な、な、な、な、……なんだと!)
彼は、ここ十数年間で記憶にないほど、ひどく動揺した。
その不安の感情が顔の表情筋を動かして、目や頬や口にうっかり出てしまいそうなのを、必死になって堪えた。
(あ、あり得ん! このわしよりも魔力が数段上回るなどと……。何かの間違いか? ……いや、間違いであれば、わしのスキャンがでたらめということになる。ならば、……あの魔力は本物なのか!?)
彼のぎこちない表情や、顔の痙攣は、離れたところにいるクラウスにもわかったほどだ。
心を落ち着かせようと拳を握り、小刻みに震えるのを押さえるため腹に力を入れる。
しかし、耐えられなくなり、しまいには歯ぎしりをし始めた。
端から見ると、彼は少女にののしられて大いに怒りに震えているように見えたはず。
ところが、実際は、目の前でこちらに右手人差し指を突き出す少女に、経験したことのない恐怖を抱いていたのだ。
このままでは気負い負けする。
そこで彼は、大きく深呼吸をして、相手を威圧する態度に切り替えた。
しかし、所詮は空元気。
頭の中は、少女の強大な魔力のことでいっぱい。
そんな中で絞り出した虚勢ゆえ、凄みなど微塵もなかった。
「お、大人に対する口の利き方がなっておらん。ち、調子に乗るでないぞ。わしの魔法を前にすれば、そなたは生まれたての赤子と同じ。ちょっと力を入れれば、い、命はないと思え」
「なによ! 子供を魔法で脅すなんて超最低! 大人のくせに、魔法の正しい使い方を知らないの!? 取扱説明書を読みなさいよ!」
「……」
「お頭。しっかり頼みますぜ……」
フリードマンは、見たこともないボスの狼狽ぶりに気が気でない。
「お、おお。……そなたの可愛い顔がわしの魔力で歪むのを見るに忍びない。大人しく下がれ」
「いやよ! あの人の縄を解くまで、絶対に動かないわよ!」
「ふん、命知らずめ。佳人薄命とはよく言ったものだ」
「何それ?」
「美人は命が短い、ということよ」
「ひっどーい!」
「はあ?」
「失礼よ! それ、全国のおばあちゃんに謝りなさいよ!」
「ぬおっ! そなたの身を案じよ、という意味だったのだが。
ふむ、言われてみれば……確かに長生きした『ばばあ』は不細工のみになるな。
まあいい。
では今から、どちらが強いか、試すとするか。
手合わせ願おうかな?」
「はあ!? あんたの手なんか握りたくないわよ!」
「手を握ろうとは言っておらんが……」
「お頭。何言い負かされているです? 相手は小便臭い小娘ですぜ。ここはガツンと」
「お、おお。……さっきから、なかなか面白いことをぬかす小娘だ。だがしかし――」
「感心する時間があるなら、さっさと縄を解きなさいよ!」
「うむむ……。
このわしに一歩も引かないとは……。
そなた、相当肝っ玉が据わっておるのう。
名ばかりの英傑を何人も見てきたが、ここまでの者はおらなんだ。
なかなかやるわい。
ふむ、気に入ったぞ」
「そんなことはいいから、さあ!! 早く!!」
「……」
ジクムントは、始終少女に圧倒され、二の句が継げなくなった。




