第4話 討伐隊隊長の少年
今度は、マリー=ルイーゼが立っている位置から見て後方3メートルにある岩の陰から、少年の声が彼女とシャルロッテを制止する。
二人は突然の少年の制止に、前のめりになった。
シャルロッテは勢いよく振り返り、餅のようなふくれっ面で彼に猛抗議する。
「せっかくのチャンスを潰す気!?」
「いや、そういうつもりでは……。猪突猛進は後先考えない愚策だよ」
「何言っていんの! 先手必殺よ」
「それを言うなら、先手必勝」
「それより、トール。あんた、なにそんな後ろで隠れているのよ? か弱い女の子を盾にしちゃってさぁ。怖いから? 臆病風でもピューピュー吹いた??」
『トール』と呼ばれた少年は、トール・ヴォルフ・ローテンシュタイン。少女達と同じ15歳だが、この討伐隊の隊長だ。
転生前の名前は、一乗ハヤテ。
彼は、紅色の立て襟が付いた黒い軍服のような戦闘服を着用し、サーベルを腰にさげている。
肩章は通常、この年齢では銀星一つなのだが、異例の金星一つだ。
これは銀星四つの上。通常の四階級上であることを意味する。
それだけ、実力があるということである。
本当ならもっと上級生の部隊に編入されるべきだが、年若い者が混じるとやっかむ年長者が多いので、こちらの年少組に配属されている。
隊長トールは、先ほどからサラサラの黒髪に指をごしごしと突っ込みながら、口角をちょっとつり上げて、白い歯を見せない笑みを浮かべている。
指を突っ込むのは、彼が理想とする無造作ゆるふわのヘアにしたいからなのだが、つむじ付近のアホ毛も直すことができないでいる。
彼は、目鼻立ちが西洋人のように整って、きりっとした眉と長いまつげが特徴。
将来は美少年かもしれないが、本人は容姿に無頓着なので、こういう場面でも格好をつけようとしない。
しかし、本人の意思に反して、周囲は彼がイケメンを装うため計算された仕草をしていると思っている。
トールは、いつものようにシャルロッテのきつい一言を、蝶のように軽く交わす。
「怖くなんかないさ。ちょうど僕の背丈に合う岩がここにあったからね」
「なっ……! 嘘ついたらハリセンボン食わすわよ!」
「おい。それ、『針千本飲ます』だぞ。毎度毎度、妙なことを言う女だ」
今度は、少年の足下いた黒猫が、おっさんみたいな口調と低い声で会話に割り込んできた。
この猫は、人間の言葉をしゃべるが、誰も驚かない。
「あんたも、うっさいわね! ニャン太郎、……マックスだっけ? どっちでもいいわ!」
「一応、突っ込んでほしいんだろ? ああん?」
トールは、また始まった、と肩をすくめ、首を横に振りながら目を閉じる。
彼が呆れるのも無理はない。
彼女らの掛け合い漫才は今に始まったことではないのだ。
この二人は、出会ったときから無意識のうちに、ボケとツッコミの名コンビを演じている。
トールは目をぱっちりと開き、ちょっと額にしわ寄せながら、眼差しを二人へ交互に向ける。
「漫才は後、後。僕とマリーが奴の正面で気を引くように動くから、シャルは後ろから必殺の一撃をお願い」
シャルロッテは、両手を肩の辺りに挙げて、手をひらひらさせる。
「だから急所がわかんなーい」
「シャル。急所の延髄は、首のすぐ上。後頭部の下」
「ヒルが、ああ言っているから、もうわかるよね、シャル?」
「うー」
「じゃあ、マリー。奴の首を長いリボンで縛ってね。急所はそのリボンの上くらいかな、ヒル?」
「だいたい合ってる」
「だってさ、シャル。それを目印にしなよ」
「んもう、……どうなっても知らないんだからね!」
「おい、女。ぶっとい槍でもぶち込めばいいんじゃないか? 手元が狂っても多少の誤差をカバーできるぞ。大は小を……、あっ、やめた」
「あのねぇ。猫に差し水されるほど落ち武者じゃありませーんだ」
「なんか、いろいろ間違ってるぞ。『指図』に『落ちぶれ』だろうが」
「へ?」
「お前、こないだ『大は小を兼ねる』を、あれと壮大に間違えただろう」
「え? あれってさぁ、大――」
「それ以上言うな! 恥の上塗りだぞ!」
黒猫のポポンと小気味いい突っ込みに、もちろん間違いに気づいている面々は一斉に苦笑いする。一方、シャルロッテは蚊帳の外で、まだキョトンとしているが。
「じゃ、僕とマリーで行くからね」
彼らの短い詠唱の後、トールとマリー=ルイーゼの全身は、ことごとく黄金色の光を纏った。
強化魔法の発動だ。
これで等身大の岩を投げつけられても無傷で済む。
身体能力も、最低で数倍、ものによっては2桁アップする。
「よし! マリー、行くよ!」
「了解、トール!」
二人は、瞬時に足下に現れた輝く魔法陣を蹴って、一気に空高く舞い上がった。