第363話 想定外の捕虜
仲間の騎兵達は、円形闘技場から少し離れたところで待機していた。実際は、もっと遠くへ離れていたのだが、トール達を探しに行った仲間が気になって仕方がなく、だんだん近づいてきたのだ。
そこに登場する五人の雄姿。
沸き上がる歓声が雪原にこだまする。
お手柄の三人の潜入者は、トール達を救出するまでのいきさつを、身振りを加えながら大げさに解説した。
バトンタッチされたトールとヴィヴィエンヌは、魔王を倒すまでの経緯を、互いに補完し合いながら、かいつまんで説明した。
痛快な話にすっかり満足した一行は、今度こそ領地への帰還を開始する。
麻袋を馬の鞍にぶら下げたトールを先頭に、騎兵達は意気揚々と出発した。
ヴィヴィエンヌは、彼と並ぶように馬を進め、笑顔を向ける。
途中、敵影は全くなかった。
静まりかえる王都を横目に、屍で埋まる雪原をひた走る。
あの後、雪が降っていないので、馬達が残した足跡をたどれば良い。帰り道は簡単だ。
偽の王都は振り返らず、トンネルでは互いに競争するように駆け抜ける。
そして、水晶の山脈に別れを告げて、一行は灰色の大地を驀進した。
途中、伝令のドラゴンに遭遇。
まだ水晶の魔王軍の残党が各地に散らばって交戦中なので、安全な道を空から教えるから、付いてこいと言う。
騎兵達は、ドラゴンが羽ばたく姿を見上げながら、本来の道を迂回して進んでいった。
しばらくすると、遠くの方で巨大な蛇が何頭も並び、右から左へ滑るように進んでいるのが見えてきた。
鎌首が前に出て、体が後から付いてくるような特徴的な動き。その頭が九つある。一つは、何かの袋をくわえている。
あれは、シュラーゲンシュタイン。
悠々と進む姿から察するに、蒼の魔王の討伐が完了したのだろう。
騎兵達は、味方の姿を久しぶりに見て嬉しくなり、馬の速力を早めた。
シュラーゲンシュタインの方も、左から接近する騎馬隊を認めて、動きを停止した。
「よう。そっちも凱旋か」
シュラーゲンシュタインがトール達の頭の中に語りかけてきた。
トールは、心の中で答える。
「そうだ。水晶の魔王は討ち取った」
彼が鞍にぶら下げた麻袋を片手で軽く叩くと、袋を口にくわえている鎌首が近づいてきた。
「こっちも蒼の魔王の首を取ったところだ。凱旋競争の勝負は引き分けってとこだな」
「ああ。……それはそうと、グライフスシュタインはどこにいる?」
「後ろだ。凱旋途中で面白いものを見つけたから、それを捕まえて引っ立てている。……おっ、来た来た。後ろを見てみろ。なかなかの獲物だぞ」
トールは、鎌首が向いた方向に目を移す。
すると、止まっている歩兵集団の後ろから、鷲の頭を持つ獅子が縄をくわえて歩いてくるのが見えた。
グライフスシュタインの得意げな顔が上下する。
彼が引く縄の後ろに、ヨロヨロと歩く七人の女性の姿が見えてきた。
人型魔物の敵兵の捕虜か?
全員が後ろ手に縛られ、一列になって、一本の縄で腰がつながれている。
彼女らは、下を向いているものの、見覚えのある髪の色と髪型だ。
トールは目をこらし、必死に記憶と照合する。
まさか――。
とその時、先頭にいた2メートル近い背の高い美女と、その後ろの金髪ツインテールの少女が顔を上げ、トールと目が合った。
咄嗟にトールは、その人物に声をかける。
「汝ら、口を慎むべし。モグラが穴の中では無言であるように」
トールの声に、縄につながれた全員が顔を上げたが、すぐに下を向いた。
グライフスシュタインが首をかしげた。
「何かのことわざか?」
「言葉通りよ。騒がず、大人しくした方がいい、という意味だ」
「なるほどな。……だとよ、人間ども。大人しくしろとさ」
捕虜の方へ振り向いたグライフスシュタインは、ニヤリとする。そばにいた歩兵達は、ゲラゲラと笑い出した。
ところが、トールの言葉は、そういう意味ではなかった。
実は、魔法学校で習った符牒だったのだ。言い換えると以下の意味になる。
「一切しゃべるな。潜入中なので、詳しくは話せない」
そんな言葉を投げかける相手とは、誰だったのか?




