第36話 魔法使いとしての採点
シャルロッテも、胸の高さに右手を上げて、手のひらを上に向けた。
トールの構えに似ているのは、見よう見まねであるからだ。
彼女は、トールの剣を見て、あれは重そうだから自分が持てそうな細身の剣を出そうと考えていた。
それで彼女は、自分が女勇者になったとして、持っていたら格好いいだろうと思う剣を想像した。昔何かの本の挿絵で見たようなものを。
強く思い描く。
集中。
心の中が熱くなったら、詠唱。
彼女は、アンジェリーナに習ったとおりではなく、上記のように自己流にアレンジしていた。
などというと格好よく聞こえるが、実際は、あまりよく覚えていなかったので自己流になってしまったのが実情である。
それでもできてしまうところが、潜在能力の異常なまでの高さによるものか。
「レイピア!」
トールを真似した決め台詞風の甲高い声。
よくレイピアという単語を覚えていたものだが、とにかく決まった。
すると、彼女の右の手のひら近くに銀色に輝く幾何学模様と古代文字の魔方陣が現れた。
そして、そこからみるみるうちに、長さが1メートル強のレイピアが天井に向かって伸びて行った。
この剣も遮るものは容赦せず、馬車の天井にドンと音を立てて突き刺さった。
彼女もトールと同じく、造形魔法をあっさりとものにしてしまったのである。
「アハハ! ハヤテ……じゃなかった、トールと同じになっちゃった!」
シャルロッテは、口に手を当てず、腹を抱えて笑い出した。
クラウスは、鈍く輝くレイピアを前に、身震いした。
それは、トールの時と同じく修理代もそうだが、いとも簡単に武器を出してしまう少女の末恐ろしさに、である。
「君もちょっと、危ないからしまってくれないか。それと、お嬢さんは口に手を当てて笑わないと。この国では、『たしなみ』がないと嫌われるよ」
「あ、すみません。で、『たしなみ』って何ですか?」
クラウスは失笑した。
「気配りのことだと思って」
「ああ、なるほど」
「感心していないで、早くしまって」
「はいはい」
「レイピアは突き刺す用の剣だけれども、両方に刃がついているから、……違う違う! 言っている先からそんな真ん中を握ったら駄目! 怪我するから、下の柄の部分を持って」
「柄って?」
「一番下の湾曲している飾りの付いたところ」
「湾曲って?」
「そこの形のこと。……そうそう。そこを握って。……違う。そんな丸いところを握っちゃ、剣を振り回せないでしょう?」
クラウスは、説明しながら実感した。
(そういえば、彼女が一番知力が低かったんだっけ。……こりゃ、先々苦労しそうだな)
なんとか、レイピアを正しく握って天井から抜いたシャルロッテは、魔方陣の中に納めた。
それを見て、クラウスは深い安堵のため息をついた。
「君達がこうもたやすく武器を出せてしまうとは、思いも寄らなかったよ。強力な精霊が付いているというのもあるけれど、やっぱり、潜在能力の高さだね」
本当は、シャルロッテの危なっかしい手つきにハラハラした後の安堵だったのだが、うまく言葉をすり替え、彼女を傷つけないようにしたのである。
魔法を教えてくれる先生から良い評価を得たので、トールは学校の授業で花丸と『よくできました』のスタンプをもらった小学生のように喜んだ。
「じゃ、僕たちは、魔法使いとして合格ですか!?」
その質問に即答しかけたクラウスは、ゴクリと言葉を飲み込んだ。
(『合格だよ』と言うと、天狗になるのではないか?
『まだまだだ』と言うと、しゅんとしてしまうのではないか?)
そこで彼は、その質問には答えない、と結論づけた。
「今君達に、魔法使いとしての認定試験をしてもらった覚えはないよ。だから、今日の所は合格とか不合格というのはないんだ。でも、やればできたよね? 魔法の実力は素晴らしいよ。この後、魔法学校でキチンと勉強すれば、もっともっとよくなると思う」
クラウスは、励ましの言葉に自己満足していた。
しかし、ほとんどそれは合格みたいな回答であったので、トールもシャルロッテもニコニコして、合格したものだと勘違いしてうなずいていた。
「とにかく、魔法は便利だけれど、一種の武器だからね。扱いを間違えると人を傷つける。決して悪事に使ってはならない。だから、学校でしっかり勉強して、正しい使い方を身につけてほしいんだ」
「「はい!」」




