第358話 英雄の浪漫ロケット
トールは、後ろを振り返り、火刑台の太い棒を見て、ある作戦を思いついた。火刑台から壁までの距離は3メートル、壁の高さは5メートル。飛べる距離だと。
しかも、近くの観客席には、数名しかいない。これは、チャンス。
彼は火刑台へ駆け寄って、雷撃魔法で棒の根元を折った。それから、棒の中心を両手で持ち上げ、水平方向にした。力が満ち溢れる彼にとって、このような太い棒など、小枝を持つような感覚だ。
「みんな! この棒につかまれ! 振り落とされないように、しっかりとな!」
「結界はどうしやす!?」
「解除して、すぐ来い!」
棒の右側にはウサギ顔とヴィヴィエンヌが、左側には結界を解除したオオカミ顔と犬顔の二人がつかまった。
急に結界がなくなってつんのめったグスタフを尻目に、オオカミ達が我先にと突進する。
その時、足下に黄金色に輝く大きな魔方陣を出現させたトールは、膝の屈伸を活かして、後ろ向きにジャンプした。
五人の両足が上方へ消えた空間に、牙をむいたオオカミ達が飛び込む。奴らは空気を噛み、土埃をあげて悔しがる。
一方、放物線を描いて上昇する五人は、5メートルの壁を越え、最前列の座席に着地した。
「トール様! すっげー! 間一髪ですぜ!」
「ああ。あの金髪小僧の魔王に押されて、危なかったな」
「えええっ! あの子供が魔王ですかい!?」
「そう。あれが魔王グスタフだ。さあ、これから、どでかい魔法を奴らにお見舞いするから、200メートル以上離れてくれ! お前達がびっくりするような物を見せるが、心配は要らないから、とにかく逃げろ!」
「「「合点、承知! お気をつけて!」」」
三人の騎兵は声を合わせ、出入り口に向かって走って行った。もちろん、トールは、呆気にとられる数名の敵兵を、雷撃魔法で蹴散らすことを忘れない。
「ヴィヴィエンヌも、彼らと一緒に!」
「いやよ! 私はトールと一緒に戦う!」
「じゃあ、こうするよ。しっかりつかまって」
「きゃっ!」
いきなりトールにお姫様抱っこされたヴィヴィエンヌは、可憐な乙女のような声を上げた。そんな声も出せるのかい、とからかわれると思った彼女は、頬を赤らめる。
「これじゃ、戦えない」
「いいんだ。これから僕が使う魔法は、接近戦用じゃなくて、広範囲を一度に叩くものだから。こうするのは、巻き込まれないようにするためさ」
「その魔法は、具体的にどういうものなの?」
「説明は後。今回は僕に全てを任せて。今度こそ、信じて」
「いいわ」
「右手で頭を支えられないから、両腕を僕の首へ回して!」
「わかった。……きゃっ!」
彼女が腕を回すよりも早く、彼はやや斜め前の方向へジャンプした。
二人は、風を切って急上昇する。
そう。まるでロケットのように。




