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僕と幼馴染みと黒猫の異世界冒険譚  作者: s_stein
第四章 魔界騒乱編

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356/369

第356話 2000対1

「ハハハ! ここなら、思う存分、暴れてもいいぞ」

 体の芯まで響くような低い声を背中にかけられ、ビクッとしたトールは、ゴロリと半回転して声の主へ体を向けた。

 彼の半眼が捉えた姿は、数歩離れたところで、薄ら笑いを浮かべながら腕組みをしている童顔の少年。

 風になびいて肩をなでる金髪。無理矢理反らした胸。大股に開かれた足。黒い軍服姿の小生意気な小僧だ。

 これが水晶の魔王グスタフ。

 姿からは、全く想像がつかない。だが、目をつぶって声を聞くと、百人中百人が魔王と答えるだろう。

 トールは、小僧魔王から視線を切って、まず状況の把握を優先した。

 腹筋を使って、鎖が巻き付く上体を起こし、周囲を見渡してみる。


 円形闘技場(コロッセウム)の地面は、直径100メートル以上のやや楕円形。

 5メートルほどの高さの壁に囲まれ、その上の観客席部分には、背もたれのない座席が階段状に7列並んでいる。

 魔王グスタフがいつの間に兵士を集めたのか、獣人や人型魔物が武装して集まっている。

 トールは、数をざっと数え始めたが、千人を越える頃から目が疲れてきた。

 足下の方向は諦め、分布の感じから類推して、およそ千五百だろうと結論づける。そして、後頭部を地面につけ、長い息を吐いた。

 かなりの観客数だが、これだけ広い会場ともなると、空席の方が断然目立つ。トール達が無数の敵を倒していなかったら、もっと埋まっていただろう。


 彼はそれより、ヴィヴィエンヌを探すため、体の向きをいろいろ変える。

 見えた。

 足の向いている方向の壁付近に火刑台が用意されていて、垂直に立てられた銀色の太い棒に、彼女が麻縄で首と胸と腰と足まで入念に縛られている。足裏から1メートル下の所に薪が積まれているが、幸い、まだ火が付けられていない。

「ヴィヴィエンヌ!」

 トールの呼びかけに彼女は答えず、下を向いたままだ。まだ気を失っているのか、あるいは絶望に打ちひしがれているのか。

「彼女を離せ!」

「何をぬかす。むしろ、貴様も女と一緒に火あぶりにしてやりたいところだ。領地を蹂躙し、多数の命を奪った極悪人だからな。戦うチャンスが与えられただけ、ましだと思え。とはいえ、最終的にここで死ぬことには変わりないが」


「我々の騎兵はどこだ?」

「何? 助けに来てもらいたいのか? 奴らは『トールとヴィヴィエンヌが死んだ』という流言にいとも簡単に引っかかって、広場を去った。今頃は、帰還の途中だろうよ」


「畜生!!」

「さあ、我らと戦ってもらおう」


 グスタフは、腕組みしていた両手を右肩辺りに持ち上げて、パンパンと手を叩いた。

 すると、彼の後ろの壁にあった鉄格子のような扉が、重そうな音を立てて持ち上がっていく。

 待ってましたとばかり、奥の闇の中から、白銀のオオカミを先頭に、さまざまな顔の獣人がゾロゾロと現れた。

 まるで、狭い穴から溢れ出る水のよう。しかも、横方向へ広がっていく。

 その数、知れず。

 獣人は全員軽装の武具を着け、武器は大小の剣やら斧を持っている。

 だらんと腕を下げ、隊列など作らず、がに股で歩いてくる統率感のない狼男の兵隊。四つ足に服を着せて無理矢理二本足歩行させているようにも見える。

 これで終わりかと思いきや、獣人の後ろから一つ目の巨人が五人、白いドラゴンが五匹、巨象が五頭。いずれも、広いところに出て清々したと言わんばかりに、腕を伸ばし、羽を伸ばし、耳をパタパタさせる。


「おいおい、勝負だよ全員集合、ってか!? いったい、どれだけの相手と戦えばいいんだ?」

「今、貴様の視界に入っている全員だ」


「ってことは、そこのオオカミと獣人と巨人とドラゴンと象。……と貴様か」

「いいや。まだまだいるぞ」


「まだまだいる? 控え室にたむろっている、ってことか?」

「よく見ろ。この円形闘技場(コロッセウム)に集まっている全員だ」


「はあっ!? 観客席に座って見物している、あいつらもか!?」

「いかにも」


「ここからだとよく見えないが、下と上とを合わせて何人いる?」

「二千は、いるな」

 トールは、横向きに転がったまま、天を仰ぐ格好をした。

 ヴィヴィエンヌを救出するために、今から二千の敵を相手にするのだ。その数を考えただけでも、さすがの英雄(ヘルト)も絶句する。

 だが、弱気を見せると、勝負ありだ。英雄(ヘルト)は、動じる素振りを封印する。


「冗談だろ!? 魔物と戦うと言うから、てっきり強い奴らとのタイマン勝負かと思っていたが、観客まで勝負に参加するなんて、聞いたことがないぞ。地方(ローカル)ルールも甚だしい」

「知るか。これがこの土地のルールよ」


「フン。どうせ、さっき思いついたんだろうが。……それはそうと、そこの獣人の奴らは、本当に貴様の兵士か? なんか、雰囲気が違うぞ」

「西の果てに住む、未開の連中だ。いつもは裸だが、今日は武装させておる。貴様ら人間が『魔物』と呼んでいるのは、実はこいつらのことだ。文明化された我々も一緒くたに『魔物』と呼ぶ貴様らには、常々腹が立つ。違いをよく見ておけ」


「確かに、だらしなく、規律も守らぬ連中に見えるが、違いがわからん。未開の魔物だろうと、文明の魔物だろうと、どちらも魔物であることには――」

「貴様の眼は節穴か。連中は獰猛で残忍。戦いは冷酷非道で、八つ裂きにした後、骨の髄までしゃぶる。獣と同じよ。以前、戦ったときに見ただろう? 連中が、高潔無比の我々と同じに見える人間が、嘆かわしい。……まあ、よい。死にゆく貴様には無駄な説教だ。では、勝負と行こう」


「だ・か・ら、この状態では戦えぬと言っているだろうに! 貴様は、都合が悪いときだけ耳が遠くなるのか!? 今すぐ、鎖を外せ!」

「馬鹿を言え。世界最強とか自慢しているらしいから、ハンディをつけてやったのだ」


「戦いを不可能にするのは、ハンディではない!」

「ハハハ! 手抜きのハンディでは、貴様を侮辱したようなもの。ちゃんと敬意を払っておるのだ。感謝せよ。さあ。鎖抜けから勝負スタートだ。世界最強の力を見せてみよ! ……そうそう。女の火刑台には火が付いたからな。のんびりしては、いられないぞ」


 その言葉に、炎に包まれるヴィヴィエンヌを連想したトールは、大慌てで火刑台の方へ目を向けた。


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