第354話 少年魔王
拍子抜けした二人に気づいた少年が、兵隊の人形を握った両手を振って、ニヤッと笑った。
「お姉さん、新しい兵隊さん? そっちのおじさんも」
トールは、なんでおじさんなんだよ、とムッとする。
明らかに幼少の子供の声だが、ヴィヴィエンヌは警戒を最大限に引き上げる。
「あなた、名前は?」
「それとも、新しい遊び相手? 一緒に遊んでくれるの?」
「答えなさい。あなたが、魔王グスタフ?」
「なんだ。このお姉さん達、遊んでくれないんだ。だったら、この部屋から出て行ってくれる?」
「その魔力は、魔王グスタフのもの! さあ、正体を現しなさい!」
「親衛隊のみなさーん! やっつけちゃってくださーい!」
少年がそう叫ぶと、部屋の左右の扉からドヤドヤと女の親衛隊がサーベルを持って雪崩れ込んできた。
二人は、後ろの扉を背にして剣を構える。
「暴れるなら、外でやってくださーい!」
だが、少年の声は無視され、部屋の中で大立ち回りが始まった。
敵は二十人以上いたが、ヴィヴィエンヌの大車輪の活躍で、次々と斬り殺されていく。
トールは、剣を振るとヴィヴィエンヌまで斬ってしまいそうで、近づく敵に剣を向けて脅すだけになっていた。
トールは、エクスカリバーが接近戦に無力であることを痛感する。
だが、そう決めつけているだけなのでは?と思えてきた。
無力にしているのは、自分ではないか。自分が自分に枷をはめているのではないか。
それに気づいた彼は、腕の振りをコンパクトにして短く振ってみた。
何も起こらない。この程度では剣圧が出ないらしい。
ならば、ということで、普通の剣だと思って扱うことにした。
エルフ族のツェツィーリアに奪われた長剣のように扱えばいい。
気持ちが吹っ切れた。
彼が振る大剣は、難なく敵を斬り捨てる。
なんだ、普通にできるじゃないか、と彼は笑みを浮かべる。
この加勢で、ヴィヴィエンヌの負担が軽減し、たちまち親衛隊が劣勢になる。
最後の一人の首を刎ねたヴィヴィエンヌは、少年に歩み寄り、右手のサーベルの切っ先を向ける。
「さあ、いい加減に無駄な抵抗を止めて、大人しく軍門に降りなさい、魔王グスタフ」
「遊んでくれるなら、いいよ」
「なっ……!!」
「ね、強いお姉さん。僕と遊べるよね? ……ぼ・く・と」
最後の3つの言葉で急に低い声になった少年は、右手に持っていた兵隊をポイッと捨てて、その手をヴィヴィエンヌへ向けた。
「……っ!!」
突然、彼女の体がふわりと宙に浮き、10メートル離れた壁に向かって水平方向に0.3秒で飛ばされた。
壁に激突した彼女の体は、大きな穴を開け、廊下を飛び越え、向かいの壁をぶち抜いた。
だが、勢いは衰えず。さらに大きな音やら、陶磁器が割れるような音が連続する。
トールは、最後に鳴り響いた割れる音が彼女の体が砕け散った音のように思え、背筋に悪寒が走った。
「貴様は邪魔だ。遊び相手にもならぬ」
少年は、完全に別人の低い声でトールの方に向き直り、右手を突き出す。
その直後、トールもヴィヴィエンヌと同様に飛ばされ、壁を次々とぶち抜いていった。
「雑魚どもめ。天空の魔王の刺客は最強との噂だったが、聞いて呆れる。こんな奴らにやられるオスカルもティルダも、雑魚以下だったということか」
少年は立ち上がって、尻をパンパンと叩いた。
「さてさて、このグスタフに楯突く奴はどんな目に遭うか、死ぬ前に魔王の恐ろしさをたっぷり思い知らせてやる」
魔王グスタフは、肩まで伸びた金髪をなで上げ、童顔に薄気味悪い笑いを浮かべながら、小走りに部屋を出て行った。




