第353話 子供の遊び部屋
廊下を歩いて行くと、所々に豪華な扉があったが、ヴィヴィエンヌは見向きもせず通り過ぎる。
彼女が立ち止まったのは、小さな扉の前。
使用人か誰かの部屋の扉か?と思わせるような粗末な物。
当然見向きもしないだろうと思っていたトールは、彼女が急に立ち止まったので、彼女の背中に鼻の頭を打った。
「静かにね」
「ゴメン」
「ここよ」
「え? ここ? まさか?」
鼻の頭をさする彼は、頭の上が疑問符だらけだ。
「さあ、突入するわよ。覚悟はできて?」
「もちろん」
「さっきとは段違いの修羅場になるかも」
「その時は、このエクスカリバーがあるから、大丈夫。……そうだ。中に入ったら、いきなり親衛隊が大勢待ち構えているかも知れない。魔王一人、玉座に座って構えているなんて、あり得ないだろうし。僕が先に入る。いいよね? それに、その腰の怪我は、まだ完治していないはず」
「ありがとう。心遣いだけ受け取るわ。でも、ここは任せて」
「そんなに僕って頼りない? ティルダ達との戦いの時だって、僕を簡単に天井から下ろせたはず。なのに、あそこに張り付いたままにさせていたのは――」
「それは、魔法を使う隙を与えないし、その大剣を構えて振る時間も与えないほど素速い連中だったから。剣で片をつける相手に、今のあなたはどうやって戦うの? あなたを天井から下ろしたら、3秒以内に首が刎ねられたわよ」
「げげっ……」
「それに、自分で言うのもなんだけど、戦いの場数が違うわ。特に、接近戦が。あなたの動きを後ろから見ていると、よくわかるの。まだまだ戦いの初心者だって。接近戦に向いていないって。雷撃魔法を見せてもらったけど、威力は凄いのに、とにかく遅いの。……ごめんなさい、ズバリ言ってしまって」
「いや、いいんだ。溜めが入る魔法だから、遅いのは自覚している。戦いの場数も、元親衛隊隊長から見れば、まだまだ駆け出しだろうし」
「お互いに得意なところを担当しましょ。それでいいわよね?」
「了解」
ヴィヴィエンヌは、扉のノブを回した。すると、何の抵抗もなく回る。
彼女は、扉に右耳を当てた。
「男の子みたいな声がする。話しかけているけど、自分で答えている」
「一人遊び?」
「お馬がパッカパッカって、どう考えても子供よね」
「魔王の子供? そばに魔王が子供の一人遊びを黙って見ているとか?」
「可能性ありね。行くわよ」
「はい」
ヴィヴィエンヌは、ノブを回して扉を途中までソッと開く。
そして、両手の剣を握りしめ、右足で扉を蹴って中へ突入した。
トールも、彼女の背中に張り付くように従う。
二人は、質素な扉からは想像が付かないほどの豪華な室内に驚いた。
20メートル四方のだだっ広い部屋には、金色に輝く調度品が溢れんばかり。
カーテンのついたダブルベッドもある。白い壁に大きな風景画も掛かっている。
仰げば、光のシャワーが振るようなシャンデリア。
下を見れば、精緻な模様の絨毯。
その部屋のど真ん中に、黒い軍服を着た少年が足を伸ばして座っていた。
彼の周りに、馬車、馬、兵隊、大砲、城のおもちゃが並べられている。
魔王の姿は見えない。
ということは、あの少年が魔王?
まさか……。




