第351話 往年の剣士再び
ティルダは、ヒューと口笛を吹く。
「さすがは、ヴィヴィアーヌ・フーコー。左手と右足をかばっているように見えたから、勝てるかと思ったが、三大魔女随一の剣捌きは、怪我でも衰えないな」
「怪我? どこに目をつけているの? ピンピンしているわ。それより、その曲がり角の向こうに、親衛隊をまだ隠しているでしょう? 何人かかってきても無駄。廊下に死体が埋め尽くされて、せっかくの絨毯が見えなくなるわよ。さあ、道を空けなさい」
「おや? まだそこの二人に息がある。昔のヴィヴィアーヌ・フーコーは、虫の息でも容赦しないで首を刎ねたはず。あの時の、吐き気がするほどの残忍さはどうした?」
「ああ、そこの二人ね。でも、出血が多いから、すぐに死ぬわ。今、剣で二人の心臓を突き刺すと、その隙に三人が襲いかかるでしょう? 卑怯な真似は、あなたの十八番」
「ふん。心を読む力は、昔のままだな。それなのになぜ、背筋も凍るほどの残忍さを出さない? ……もしかして、その男の前では、本性を見られたくないのか?」
「変わったのよ、人間界にいて。……それより、おしゃべりで2分を終わらせるとは、姑息ね。3分も終わることになるけど、いいの?」
「ちっ。会話中はノーカウントで行こう。残り2分で」
「いいえ。1分よ。場所は、向こうで」
「いや、そこで。足場の悪さなんか、関係ないだろう?」
「宙に浮いて戦うのかしら? 望むところよ」
ティルダの前で壁になっていた三人は、斃れた仲間の落としたサーベルを拾い上げて、全員が二刀流になった。
後ろに控えるティルダは、腰から短剣を追加し、2本の短剣を回転させながら、お手玉のように宙へ投げ始めた。
ヴィヴィエンヌは、三方から囲まれた。
だが、彼女の頭の中では、敵は4対1。
なぜなら、離れているティルダには、伸びる腕があるからだ。
三人は時計回りに、等間隔で横歩きする。
その正三角形の回転が止まった。
ヴィヴィエンヌの正面に立った一人が、2本の剣を上方向に数センチ動かす。
もちろん、これはフェイク。
左後ろからの大きな衣擦れの音で、ヴィヴィエンヌは素速く振り向き、襲いかかる2本の剣を2本のサーベルで受け止めた。
だが、斬ると言うより、押すような感じ。さらに、眼球がわずかに横を向く。
これもフェイク! ヴィヴィエンヌは、本物の攻撃を耳で探す。
と突然、何かが風を切って迫る音。
ヴィヴィエンヌは攻撃の本体に気づく。これは、ティルダの短剣だ。
すかさず、剣封じ役を蹴り飛ばし、迫る風を斬る。
短い悲鳴のような金属音。
舌打ちをするティルダは、短剣を握った二本の腕を元の長さに戻した。
今度は、二人が同時に飛びかかる。
体重が乗った4本の剣が、ヴィヴィエンヌの2本のサーベルを封じる。
そこへ、またもや、風を切って伸びるティルダの二本の腕。
とその時、剣に体重をかけていた二人は、手応えがなくなり、前につんのめった。
つばぜり合いから逃れたヴィヴィエンヌを追う2本の短剣。
だが、これも悲鳴のような金属音を上げて弾かれた。
腕を戻して首を左右に振るティルダが、弱音を吐く。
「参ったな。動体視力が並じゃない。……まあ、わかっていたことだけど、こうも見せつけられると、かなわんな」
「ねえ。この三人、ウザいんだけど。1対1でやらない?」
ヴィヴィエンヌは右手の剣を横に持って、棒立ちの三人の前を右から左へ、疾風のように駆け抜ける。
「これでいいでしょ?」
彼女が言い終わると、軍帽をかぶった三つの頭が落下した。
ティルダは、2本の短剣を打ち鳴らす。
「いいね、いいね。その疾風のような動き。久々に、ヴィヴィアーヌ・フーコーの真の姿を――」
消えるティルダの姿。
再び現れた場所は、ヴィヴィエンヌと握手できる距離。
「拝むとするか」
トールの目の前で開始されたヴィヴィエンヌとティルダの凄まじい戦い。
二人の立ち回りと剣捌きがあまりに素速いので、眼球で追いかけようとすると、めまいがして吐きそうになる。
短剣はヴィヴィエンヌの上から、下から、左右から、背後からも襲いかかる。
それら全てがサーベルで弾かれる。
短剣を防ぎつつ、伸びる腕を切り落とそうと試みるも、ヴィヴィエンヌの意図はティルダに見抜かれ、回避される。
それの繰り返し。
残り30秒。
息詰まるほどの、斬り合いの応酬。
二人とも剣を振るスピードは衰えず。立ち回りの体のキレも変化なし。
このまま永遠に剣戟が続くのでは、と思えてくる。
残り15秒。
ティルダの動きが急加速した。
あらゆる方向に短剣を突き出し、振り下ろす。
しかし、ヴィヴィエンヌには、全く隙がない。
苛立つティルダ。
残り10秒。
今度は、ヴィヴィエンヌの動きが加速した。
ティルダが、始終腕を動かす。止まった瞬間にサーベルで斬られるからだ。
残り5秒
ヴィヴィエンヌの力が勝ってきた。ティルダが押されている。
残り3秒
後ずさりしたティルダの踵が、斃れた部下の手を踏んだ。
彼女の目が、一瞬、泳ぐ。
その瞬間――、
ヴィヴィエンヌの左手のサーベルが左側の短剣を防ぎ、右手のサーベルがティルダの左胸を突く。
これは、実は捨て身。
右側の短剣が、ヴィヴィエンヌの右の腰を刺した。
これは、想定範囲。
同時に、ヴィヴィエンヌの左のサーベルが真一文字に振られる。
口元に微かに嗤いの表情を浮かべるティルダ。
何か言おうとして唇が開かれるが、言葉はない。
無言の頭が、ぐらりと右へ傾き、落下した。
崩れ落ちるティルダの胴体に遅れて、ヴィヴィエンヌは、うつ伏せに倒れた。




