第35話 馬車からはみ出る武器
クラウスは、別の魔法を試すことにした。
「じゃ、何かを手のひらの上に作り出す造形魔法をやってみよう。作ってみたい物をイメージして」
すると、トールが珍しく口を開いた。
「何でもいいですか?」
クラウスは、急に質問されて戸惑ったが、すぐに優しい顔に戻って答える。
「ああ。ただし、この馬車に入る大きさの物限定だよ。そうしないと、君は馬車を壊すことになるからね。それだけは勘弁願いたい」
クラウスは、自分でも大げさで冗談みたいなことを言ったなと思ったが、その杞憂は現実となった。
トールは、「はい」と答えて、胸の高さに右手を上げて、手のひらを上に向けた。
彼は、自分が勇者になった姿を心に思い描き、勇者の持っているであろう格好いい剣を魔法で作り出すことにした。
そして、ゾフィーの言葉を思い出す。
『魔法は、心の中で強く思い描くことで発動する』
(そうだ。強くだ)
『その時は体の真ん中で熱く感じる』
(感じる。熱い。胸の奥がじりじりする)
『教えた言葉を心の中で唱える』
(そうだ。あの言葉を唱えないと)
彼は口の中で素早く詠唱する。
恥ずかしさもあり、小声だったが、このことは魔法の効果には何ら影響しない。
後は、魔法名を唱えれば完了。
彼は、何かが起こりそうな予感がし、素早く息を吸い込み、腹に力を入れて声を出した。
「剣!」
決め台詞のように力強く響くトールの声。
その声に呼応して、彼の右の手のひら近くに金色に輝く幾何学模様と古代文字の魔方陣が現れた。
そして、そこからみるみるうちに、幅広で長さは1メートルを優に超える長剣が、銀線を輝かせながら天井に向かって伸びていく。
その剣は立ちふさがる物を容赦しなかった。
しまいには、馬車の天井にバリバリと音を立てて突き刺さる。
鋼色で鏡面のような刀身に映るクラウスの呆れ顔。
その反対側に映るのは、上気したトールの顔。
シャルロッテは、顎が外れたかのようにポカンと口を開けて天井を見つめている。
黒猫は、座席の隅っこで毛を逆撫で身構えた。
馬車の揺れでも抜けないくらい突き刺さった剣には、黄金色の豪奢な鍔と柄があり、揺れることで金色の軌跡を描く。
その柄には、まるで生きた竜が閉じ込められているかのような、見事な竜の彫刻が施されていた。
クラウスは、全身が震えて鳥肌が立ち、四肢の血の気まで引いた。
馬車の修理代を心配したからか?
いやいや、そんなことよりも、一瞬にしてこのように見事な長剣を生み出すトールの技量に畏敬の念を抱いたからだ。
にわか魔法教室では、先生と生徒の立場が逆転したらしい。
先生は、指先にロウソクみたいな炎を点すなどという、子供だましの魔法。
生徒は、豪華絢爛な勇者の剣を生み出す造形魔法。
これでは、先生の課題は、低次元の取るに足らない遊びに思えてしまう。
クラウスは『師匠! 私を弟子にしてください!』と思わず口に出してしまいそうになるのを堪えて、頭の中は教師モードに復活し、魔法の余韻に浸るトールをいさめた。
「君。ちょっと、危ないからしまってくれないか」
「そうよ! 落ちてきたら大怪我するわよ!」
シャルロッテも我に返って、彼に加勢する。
「ごめんごめん」
トールは頭をかきながら、天井に刺さっている剣を抜くと、魔方陣の中に剣を戻し、魔方陣を消した。
教えたわけでもないのに、戻し方まで知っている。
「君。そのやり方、どこで教わったの?」
クラウスは、にわかに信じがたいという顔で尋ねた。
「いえ。なんとなくこうするのかな、と思って」
トールは、サラサラヘアに指を突っ込んで、頭をかく。
つまり、自己流なのである。
魔法の初心者が、手探りで最適解を見つけている。
クラウスは、言葉を失った。
「じゃ、あたしも」
今度は、シャルロッテが何か魔法を始めるようだ。




