第334話 水晶の魔王の罠
騎兵を乗せた馬は、宮殿の入り口への階段を一気に駆け上がる。
入り口の扉は開いたままだった。
血気盛んな彼らは、宮殿の中へ雪崩れ込んだ。
ところが、そこは想定外の場所だった。
扉の向こうは、エントランスには似つかわしくない、だだっ広い灰色の部屋。
ここに百騎が入り込んでも、まだ少し余るほどの広さ。
装飾品は皆無。高い天井にはシャンデリアもない。
いきなりの袋小路か、と騎兵達は右往左往する。
そこへ、トールの馬が入ってきた。
フックスシュタインは、辺りをキョロキョロと見渡す。
「これはおかしいぞ。以前、交渉事でここに訪れたとき、豪華な絨毯が敷かれた廊下があって、廊下の両側に部屋の扉がいくつもあった。こんな部屋一つなわけがない」
トールは、急に四肢の血の気が引いた。
「やっぱり、罠か?」
「ううむ……。引っ越したにしては、建物の中の構造までこれほど変わるはずがない」
とその時、開いていた扉がバタンと大きな音を立てて閉まった。
瞬時に訪れた漆黒の闇。
騎兵がザワザワとし、馬も不安そうに声を上げる。
トールは、右に左に動き回る馬を静めさせるのに必死だった。
1分ほどすると、天井に青白い光がポッと点灯した。
魔石の光のようだ。
薄ぼんやりとした光の中で、騎兵達は青白い顔を見交わす。
「トール! あそこに扉だ! 我々だけ偵察に行く! 他はここに残れ!」
フックスシュタインの言うとおり、先ほどまでなかった扉が一つだけ壁に現れた。
トールは、扉の前まで行って馬を降り、ソッと開けて外の様子を見る。
そこには一本の廊下があって、豪華な絨毯が敷かれている。
絨毯の先には、50メートルほど離れて、大きい扉が見える。
トールは、フックスシュタインを乗せた馬にまたがり、扉を出た。
と同時に、閉まっていた宮殿の入り口の扉が、外から開かれた。
騎士達が全員振り向くと、そこには馬をつれたヴィヴィエンヌがいた。
「トールは?」
彼女の問いかけに、騎士達は開いたままの扉を指さす。
「この魔力は!? ……もしや、向こうの扉から!? これは、まずい!」
扉の向こうに異変を感じ取ったらしく、彼女は急いで馬にまたがり、トールの後を追った。
彼女が扉をくぐり抜けると、ちょうどトールが、奥の扉の前で馬から下りていた。フックスシュタインは、彼の足下にいる。
彼女は、特にフックスシュタインの辺りから、異様な魔力を感じ取っていた。
「トール! 待って! そいつと行っては駄目!!」
彼女は、必死に馬を走らせて叫んだ。
しかし、トールとフックスシュタインは聞こえないらしい。振り向きもしない。
彼らは馬を置いて扉を開け、徒歩で中へ入っていった。
彼女は扉の前に達すると、馬から飛び降り、中へ飛び込んだ。
すると、彼女の背後で、バタンと扉が閉まる。
その時、彼女は、絢爛豪華な客間の中央で後ずさりするトールを見た。
正面の空の玉座を見た。
キラキラ輝くシャンデリアの真下に立って、玉座を背にしたフックスシュタインを見た。
「今、なんて言った!?」
トールの驚きの声が客間に響き渡る。
「フフフ、ハハハ! 聞こえないのか? ようこそ、水晶の魔王の宮殿へ!」
フックスシュタインが、腹の底から嗤って答える。
「トール! そいつに近づいては駄目!」
しかし、彼女の声は、なぜかトールには届かない。
「ということは、これは水晶の魔王の罠だったのか!?」
「いかにも」
彼女は叫ぶ。
「そいつは――!」
とその時、彼女は目の前の出来事に驚愕し、言葉を飲み込んだ。
フックスシュタインが煙に包まれ、その中から燕尾服を着た老紳士が現れたのだ。




