第330話 無人の町
水晶の魔王の王都は、確かに奇妙な外観であった。
建物は、細長いペンシルビルのよう。大抵は、雪原のように白い壁だ。
このペンシルビルの頭に、極彩色の大きくて丸い物。さらに避雷針。
垂直の白ネギに、カラフルなネギ帽子と言ったところだ。
この建物には、一切の窓がない。
出入り口らしいドアが下に見えるが、固く閉ざされたまま。
人間界にはこのような建物がないので、ドームの屋根を持つ聖堂を見た魔物が、独自の感覚でアレンジし、結果的にこのような不可思議な形状の建物群をこしらえたのか。
どことなく、芸術的、あるいは近未来的でもある。
そんな建物が、石畳の狭い道の両側に、所狭しと並んでいるのだ。
フックスシュタインは、「そこを右」「次は左」「突き当たりを右」とトールに指示をする。過去に攻め込んでいるので、道を熟知しているのであろう。
騎兵達は、トールの馬の進む方向を頼りに、手綱を引く。
しかし、先頭を行くトールは気が気でない。
道は馬が2頭並んでやっと通れるほどの狭さ。
4、5人が通せんぼをすれば、たちまち行く手を阻まれる。
曲がり角を曲がると敵が待ち構えているのではないか。そんな恐怖心が募っていく。
指示通りに曲がる度に、人気のない石畳が視界に飛び込んで、ほんの少し安堵する。
だが、簡単に引き返せないところまで町の奥深く入った頃になると、その程度では安心できなくなってきた。
百二騎の騎馬隊が石畳の道を蹴って音を轟かせているのに、様子を窺ってドアから覗いている顔がない。
彼らは、怯えているのか? すでに、町を捨てて逃走したのか?
王都なら、活気に溢れているはずだ。
ついさっきまで、談笑をしながら並んで歩いている魔物が、荷車を押す魔物が、走る子供を追いかけている魔物の母親がいたかも知れないのだ。
だが、そのような日常の想像図は、すべてが死に絶えたような光景に置き換わる。
トールは、だんだん、町全体が自分達侵入者に仕掛けられた罠のように思えてきた。
「本当に、ここは王都なのか? 偽物ではないのか?」
「何を馬鹿なことを。魔王がいる王都に間違いない。無人ではない。この先で強い魔力を感じる。ヴィヴィエンヌも同じように思っているはず」
トールは、後ろをちらっと見てヴィヴィエンヌを探すも、見つからなかった。
「誰もいないことを、どう思う? 罠ではないのか?」
「罠なら、引き返すのか?」
「当然だ! 我々は死にに来たのではない!」
「今更何を言う。臆病風にでも吹かれたのか? どんなことがあっても、その物騒な剣で全てを解決するのではないか?」
「だが、敵が我々をそう易々と――」
「前を見ろ。あそこに頭一つ飛び抜けて高い建物が見えるだろう? 白く輝いている丸い物が3つ並んで見える所。あれが水晶の魔王の宮殿だ。あそこに行けば、無人の心細さから解放される。わんさか出てくるぞ。嬉しくて小躍りするくらいな」
鎧の背中を前足でトントンと叩くフックスシュタインの言葉に、トールはゾクッとした。
魔王の宮殿は目前。もう後には引けない。魔王の首を取るしかないのだ。
「その前に、退路を断たれる――」
「ゴチャゴチャとうるさい! 逃げ道をいつでも作っておかないと、戦えないのか!? 魔王の首を取ったとなれば、我々の前に立ちはだかる奴などおらぬ! 大手を振って帰ることができるのだぞ! いいか! とにかく前へ突っ走れ!」
いよいよ、白く輝いている丸い物が3つ、45度の角度で仰ぎ見るくらいに近づいてきた。
すると、狭苦しかった道から、急に広場へ出た。




