第33話 悪魔の昼餉
しばらく馬を走らせた二人の追跡者達は、例の剣士達三人組が道の端に寄って、こちらへ猫背を向けながら歩いているのに気づいた。
どう見ても自分達が追い求めている獲物をかすめ取る追跡者には見えなかったので、いったんはそのまま通り過ぎる。
しかし、スキンヘッドの男は、何を思ったのか、手綱を引いて馬の鼻先を後ろに向けた。
そうして、彼らの方へ馬を駆け寄らせ、馬体を横向きにして立ちふさがった。
剣士達三人は、相手がまさか自分達に用があるとは思えず、舌打ちをしてうさんくさそうに馬上の男と目線を合わせる。
すると、男は彼らのうち、短剣を持った男を見てニヤリと白い歯を見せた後、急に鬼のような形相になった。
「貴様! 誰が『闇のエルフ』だと!?」
短剣の男はもちろん、他の誰一人もつぶやいてはいない。
唇を固く閉じていたのに、である。
しかし、馬上の男の剣幕に、短剣を持った男は心当たりがあるのか、青ざめて後ずさりする。
男は次に、槍を持つ男に凄む。
「貴様! 俺がくそ坊主で悪かったな!」
凄まれた男は、これまた心当たりがあるのか、思わず槍を落としそうになった。
「ほほう。俺と似ている黒マントの魔法使いを知っているようだな」
最後に、男は顎をなで、糸のような目で剣士を見て、相手に聞こえるようにつぶやいた。
目線が合った剣士は、全身がビクッと痙攣して固まった。
とその時、先を行く髭の男は、馬の足音の少なさを不審がり、後ろを振り向いた。
遠くで、手下が先ほど無視した連中を相手に何か話しているように見える。
そこで男は馬の向きを変え、不機嫌な顔をぶら下げながら彼らの方へ近づいて行った。
「何をしている!? そんな冒険者相手に!」
男は、眉間に深いしわを寄せ、不快感のこもった言葉を手下の背中に浴びせる。
スキンヘッドの男は、主の声には振り向かず、三人ともここから逃がさないとばかりに、鋭い視線で釘付けしながら答えた。
「お頭。こいつは大層めっけものですぜ」
「何がだね?」
髭の男も、馬体を横に向けて、二重に道を塞いだ。
「こいつら、間違いなく、あそこで派手に魔法を使った奴らを知っていますぜ」
「ほほう……」
髭の男は、眉間のしわを伸ばし、口元を緩める。
そして、通行人を一人一人、頭から足先まで好奇の視線でなめ回す。
剣士達は、自分が何も言っていないのに、自分の思っていることをズバズバ言い当てられるので、足がガクガク震えていた。
そこに、剣先のような眼でジロジロと見る髭の男が現れたので、心臓がばくばくと音を立て、恐怖が倍増した。
スキンヘッドの男が、馬の上から身を乗り出すように彼らへ顔を近づける。
「ちょっと貴様らの心を覗かせてもらうぜ」
男は、はっきりと「心を覗かせてもらう」と言った。
今までの種明かしだ。
三人は、その言葉におののき、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなっていた。
男は20秒ほど三人を順繰りに見つめていたが、「わかりやしたぜ」と言って、ようやく髭の男の方へ振り返る。
「奴らが見たのは、ポーレ王国の黒魔法の連中ですぜ」
「やっぱり、あの四大阿呆か」
「ん? 見たんじゃなく、雇われた、って今真ん中の奴が心の中で言い直しましたぜ」
「ということは、あの村の出来事を知っているな?」
二人のやりとりに、マッチョの剣士が威勢を張って一歩前を出た。
「や、やい、てめえら! て、適当なことを抜かしやがって! お、俺たちは何も言ってねえぞ!」
彼は単に、恐怖から逃れようとしているだけで、案の定、声は震えに震えていた。
すると、髭の男が剣士を恫喝する。
「この男の前では、貴様らの考えることは丸裸も同然! 『心の中を読まれている』って、全員顔に書いてあるぞ! いい加減、観念せよ!」
「う、嘘だ! ぐ、偶然だ!」
「さあ、黒魔法の連中と戦ったのは何人だ!? 正直に言え!」
剣士達は無言を貫いたが、心の中ではあの光景が浮かんでしまう。
つまり、沈黙は無駄であった。
「お頭。年寄りと若造の二人ですぜ。そいつらが、黒マントの魔法使い二人とやり合ったそうですぜ」
「やっぱり、そうか! でかしたぞ!」
「それより、お頭。こいつら、俺のことを『闇のエルフのくそ坊主』とか侮辱したんでさあ。それに今、お頭のことを『とんがり帽子のペテン師エルフ』とか『髭面の死に損ない』とか言ってやがる。どうしやす?」
剣士達は、ことごとく心を読まれてすっかり観念した。
彼らは肩を落とし、心の中まで無言になる。
それどころか、膝の震えが止まらず、中には武器を杖にして立っている有様の輩もいた。
「言葉は、武器と同じでのう。向ける相手によっては、凶器となり得る。心の中で思おうが、口に出そうが、どちらも同じ。我らを侮辱し愚弄する不届き者は、それ相応の償いをしてもらわんといかんな」
髭の男は、立っているのもやっと、という連中に向かって、ふふんと嗤った。
「か、金ならないぞ! 食い物もな!」
剣士が、ズボンの両方のポケットを裏返し、それをグッと引き延ばしてみせる。
「阿呆めが。そういう償いではない。……そうだ。わしの使い魔がちょうど腹を空かせておってな。これから一仕事させる前に腹の足しになるものを与えないと、わしまで食われてしまうのでな」
髭の男はそう言うと、右手の人差し指を立てて手首をくるくる回し、小声で詠唱する。
とその時、剣士達の背後に輝く魔方陣が現れ、10メートル幅の灰色の煙が立ちこめたかと思うと、とぐろを巻いた三つ首の巨大な大蛇が現れた。
二人組が乗る馬達は、その登場にちょっと驚いたが、見慣れているのか、すぐに静まった。
剣士達三人組は、背後の気配に、恐る恐る頭だけ後ろへ向けた。
しかし、かわいそうに、その状態で体が石のように硬直してしまったのである。
大蛇の首の太さは、大人一人を軽く飲み込めるくらい。
胴体は、首の1.5倍以上の太さ。
胴体の全長は、何重にもとぐろを巻いているので不明。
自然界に存在する蛇ではなく、これは伝説の大蛇である。
全身の肌の色は鈍い銀色。
その肌に描かれた黒と茶色のおどろおどろしい斑模様。
鱗はぬめり、怪しくテラテラと輝く。
大蛇は鎌首を3メートルは超える高さにもたげて、狂気をはらんだ金色の眼をギラギラと光らせている。
ひどく腹を空かせているらしく、口先から獲物の匂いを求めて、二股フォークのように割れた舌をしきりにチロチロと覗かせる。
くねくねと動く三つの首は、初めは遠くに獲物を探していたが、やがて匂いに惹かれて下方へ曲げる。
ついに、蛇眼のおぞましい縦長の瞳孔が、剣士達を捕らえた。
大蛇は嬉々として獲物をなぶるかと思いきや、逃げ出す前に瞬時に飲み込もうと、巨体とは思えぬ俊敏さで、三つの鎌首が同時に急降下した。
顎を外して、裂けんばかりに開かれた口。
ねっとりと唾液の糸を引く牙。
喉の奥を地獄への入り口のように見せつけて、身動きどころか瞬きもできない獲物を、三つの首が一人ずつ、次々と丸呑みした。
三つの口の中から一斉に聞こえる悲痛な叫び声。
それは、請うても助けが来ない痛々しい響き。
快楽に躍る鎌首達。
咀嚼しながら愉悦にひたり、うっとりとする蛇眼。
閉じた口から突き出して、うまそうに震える二股の舌。
そんな残酷な昼餉をゆっくり味わう使い魔を眺めながら、黒マントの二人組は、至極愉快という面持ちで高笑いした。
なお、彼らのこの道草がメビウス一行にとって幸運にも時間稼ぎになったことは、後々判明する。
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