第329話 人間を慕う魔物
一人気持ちが晴れないトールは、前を向いたままフックスシュタインに問いかける。
「さっきのトンネルを出て右に曲がっていたら、どうなっていた?」
「終わったことなど、振り返るな。前だけを見ろ」
「いや、今後の敵のやり方を学んでおきたい」
「それは言い訳。単に興味本位だろ。人間はどうでもいいことにまで首を突っ込むからな。まあ、いい。教えてやる。実は、白い壁は馬には見えない幻影で、右に曲がるとそこは落とし穴だ」
「なぜ、わかった?」
「以前、ここを攻めて、騎兵を失ったからな。学習済みだ」
「じゃあ、前からあそこにトンネルがあって、通れることを知っていたのか!?」
「トンネルの位置は変わっていた。だが、隠し方は一緒。魔力に鈍感な奴にはわかるまいが」
「ぬかせ! ……なら、この先の道は? 魔王の居場所は?」
「ここから先は、全部知っている。じゃなければ、貴様らをここへ向かわせていない」
「そこまで知っているんだったら、俺を試したりせず、今から指揮を執れ!」
「貴様は、部下の信頼を捨てたいのか?」
「信頼? お前の口からそんな言葉が出るとは、思ってもみなかった」
「貴様は気づいていないだろうが、騎兵達は貴様を信頼して従っておる。貴様ら人間が『魔物』と恐れる者達が、互いにわかり合えない者達が、信頼関係で結ばれたのだぞ」
「それは、俺のエクスカリバーが恐ろしいから――」
「そうでもない。奴らの貴様を見る目。あれは、俺にも見せない目。そして、あの女」
「ヴィヴィエンヌか」
「そう。偽名だがな。元親衛隊隊長の」
トールの心臓に、ズキンと痛みが走った。
「ん? さして驚いていないところを見ると、さては全部知っていたな?」
「い、いや、初めて聞いた」
「なら、教えてやる。女は、野獣の魔王に仕えていた元親衛隊隊長のヴィヴィアーヌ・フーコー。この世界で、魔女の中でも三本指に入る、恐ろしい魔力の持ち主だ。しかも、剣術使いときた」
「そ、そうか……」
「ヴィヴィエンヌなんて偽名を使っても、あの体から発する魔力が正体を明かすようなもの。すぐバレる」
「そういうものか」
「4年前の魔王襲撃事件で責任を取り、魔王から任を解かれた後、皆がヴィヴィアーヌの獲得に動いた。だが、行方不明となった」
「どこに消えた? そんな魔力の持ち主なら、すぐにわかるだろう?」
「さあな。人間界で見たという噂が一度だけ立ったことがあって、皆で探したが、結局は見つからなかった。噂が真実だとしたら、ずっと人間界に隠れていたのだろう。ヴィヴィアーヌは人型魔物だから、普通の人間には気づかれない」
「なるほど」
「これも噂だが、人間界に長くいると、人間に寄り添うことを覚えるという。『恋』というらしい。俺にはそんな感情はないから、理解はできんがな。……ヴィヴィアーヌが付いてきたのは、その『恋』とやらじゃないのか? 貴様は、感じないのか?」
「寄り添うイコール恋、は違うような気もするが……」
「貴様は、自分がどう思われているのか気づかぬ、どこまでも鈍い奴よ。……おっと、町が見えてくる頃だ。前をよく見ろ」
トールは、目をこらして地平線を見た。
雪原の上に極彩色の塊が、ゆっくりとせり上がってくるのが見えてきた。
「あれが、水晶の魔王の王都だ。人間界の町を真似た、奇妙な物で溢れている」
奇妙な物と聞いて、トールはさらに目をこらす。
塊が徐々に細長い建物の集まりであることがわかってきた。
その細長い建物の上に、ネギ帽子のような丸い物がついていて、それが極彩色に塗られている。
さらに、その先に避雷針のように尖った物が突き出ている。
騎兵中隊は、その建物群をひたすら目指して、雪を蹴散らしながら猛進した。




