第319話 魔王の冷酷な命令
突然言葉をかけられたてギョッとしたトール達は、一斉に振り返った。
さきほどまで誰もいなかったはずの彼らの背後に、鷲の頭を持つ獅子がいつの間にか立っていた。
天空の魔王の幹部、グライフスシュタインである。
「早く、残りの逃げる奴らを殺せ! 全員をだ!」
グライフスシュタインの一喝に、トール以外の騎兵達全員が尻を叩かれ、逃走者を追撃した。
トールは、グライフスシュタインを見下ろし、睨み付ける。
グライフスシュタインも、グッと睨み返す。
「貴様。この俺に何か文句でもあるのか?」
「ある。無駄な殺生は、遺恨を残す。支配には向かないやり方だ」
「それが手ぬるい、と言っているのだ。遺恨を残さないよう、根絶やしにするのだ」
「その考えが、間違っている。我らに楯突くことを諦めれば、奴らだって――」
「殲滅は、魔王ヴァルトトイフェル様の命令であるぞ! 逆らう者は、貴様とて容赦はせぬ!」
グライフスシュタインはトールを刺すような視線で応じ、数歩前に出て、獅子の声で咆哮した。
トールは、グライフスシュタインの咆哮に背筋が凍ったが、勇気を奮い立たせて同じ視線で相手を刺す。
「どんなに威嚇されようとも、信念は曲げない」
「それは信念ではない。敵の謀反を恐れるあまり、懐柔しようとしているだけだ」
「違う!」
「我々に刃を向けただけで、死罪に値するのだ。そんなこともわからないのか?」
「……」
「貴様は運がいい。とりあえず、西の領地を平定するまで、俺は貴様の命令違反を魔王様へ進言しないでおこう。その間に、心を入れ替えよ。刃向かう者には冷酷になれ。さもなくば、慈悲を与えた者の手によって、貴様の首が刎ねられるぞ」
「無慈悲な心を持つ者には、誰しもが刃を向ける。寛容な心を持つ者には、刃を向ける者などいない」
「どこまでも、おめでたい奴だ。それとも、腰抜けといった方が正しいか? まあ、よい。さあ、行くぞ。次は、西の虫けらどもを俺の雷で葬るところを見物しろ。……ああ、そうだ。東の歩兵の連中は、こちらに向かって進軍しているぞ」
「そうか。それは安心した」
「手間の掛かる連中よ。撤退の責任を取らせるため、俺が連中の目の前で上官を食い殺したから、やっと重い腰を上げよった」
グライフスシュタインはそう言うと、震え上がるトールを残して、西に向かって駆けだした。
しばらくして、騎兵達が敵の残党を全員斬り殺して戻ってきた。
南の大地は、累々たる死骸で埋め尽くされた。
中央には、エクスカリバーが引き裂いてできた地割れが口を開けている。
トールは、その光景に釘付けになった視線を切って、騎兵達を見渡す。
彼らはまだ、眼に焼き付くグライフスシュタインの残像に怯えているようだった。
そんな彼らを連れて、トールはゆっくりと西を目指した。




