第318話 形勢大逆転
トールの視界が敵の最前列を捕らえた。
距離は、200メートルほど。
横一列に百人以上の鎧を着た獣人の歩兵が、並んでゆっくりと前進している。その後ろも、横隊のようだ。
だが、よく見ると、左右の端に行くに従って、歩兵が早歩きになり、手前に飛び出してきた。
中央が奥に引っ込んだ円弧の陣形を取ろうとしている。
これは、V字型の鶴翼の陣形に近い。つまり、中央に突進する騎馬隊を包囲・殲滅することを狙っているに違いない。
トールは、馬を停止させ、騎兵を横一列に展開。
そして、彼らへ待機の命令を下した。
それから、鞍馬の選手のように華麗に馬を下り、エクスカリバーを取り出す。
全てを、これに賭けている
左手で大剣を水平に持った彼は、陣形の中心に向かって突進した。
鶴翼の陣形は、中央が敵の大将であることが多い。それを狙ったのか?
否である。
走る彼は、急に立ち止まって、大股で足を開き、腰を低く落とした。
そして、2メートル近くある大剣の剣先を左横から中央へ。
そこで両手で握り直して、右横へ。
さらに右後ろへ大きく振りかぶり、刀身を水平に。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
彼は、渾身の力を込めて、大剣で円弧を描くように、左横へ力強く振った。
空中に描かれた三日月状に輝く軌跡。
大剣の剣先から発せられる、恐ろしいほどの剣圧。
水平方向に伝搬する衝撃波が、前列にいる百人以上の兵士を瞬時に襲う。
割れる鎧。吹き上がる鮮血。宙を浮く上半身。
衝撃波はその後ろにいる獣人をも襲う。
崩れるように落下する上半身、腕、下半身が地面に音を立てて転がる。
いったい、瞬時に何人を真っ二つにしたのか、わからないほどだ。
これには、敵の兵士も驚愕し、どよめきの声が上がった。
彼らは後ずさりする。
しかし、北の軍勢のように、周章狼狽して逃げ出す様子はない。
トールは、もっとエクスカリバーの威力を見せつける必要があると考えた。
彼は、大剣を真上に振り上げる。
それは、天をも突き刺すように見えた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
彼は、柄を握りつぶしてしまいそうなほど両手に力を込め、飢える野獣のように咆哮する。
そして、上体を大きく反らしてから、瞬時に大剣を振り下ろした。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!
空気を切り裂いた大剣は、急激な圧力変化を引き起こし、爆発音を上げる。
爆発音は、衝撃波となる。
それは土砂を高く吹き上げ、恐ろしい速さで敵陣へ襲いかかる。同時に、地割れのごとく大地を引き裂く。
衝撃波の進行方向に立っていた何十人もの兵士は、小石のように吹き飛ばされた。
続く地割れは、今までトールが何度も見せてきたどの地割れよりも、スケールが大きかった。
地底からウーファーのような重低音を立てて割れる大地は、幅3メートルの裂け目を作り、奈落の底を見せつける。
そして、近くにいた百人以上の兵士を、彼らの悲鳴も一緒に容赦なく飲み込んでいく。
大地震のような振動が、敵を錯乱状態に陥れた。
それまで、前進あるのみで一方向へ動いていた大軍の集団が、一斉に乱雑な方向へ動き出した。
互いが逃げ道を求めてぶつかり合う大混乱。
「突撃!」
トールの号令で、軽騎兵中隊が勇猛果敢に襲いかかった。
彼らは、パニック状態の三百人以上を、難なく斬り捨てる。
だが、逃走する敵はどんどん大地に広がっていくため、深追いをせずに撤収を開始した。
とその時、空から3本の太い稲妻が、集団の中に落下した。
落雷地点の周辺にいた兵士数十人が、一度に感電して地に伏した。
間近の落雷のため、瞬時に雷鳴が地表を転がる。
これでトール達がまたがる馬は、恐慌状態になった。
再度、空から3本の落雷があった。しかも、立て続けに3回。
合計12本の落雷で、逃げ惑う敵のほとんどが斃れた。
馬を落ち着かせながら、ことの成り行きを見守っていたトール達の後ろから、地の底から湧き上がるような低い声がした。
「貴様らの攻撃は、手ぬるい」




