第315話 包囲網、突破せず
伝令のドラゴンが飛び去った後、それを待っていたかのように、沈黙に耐えられなくなった騎兵達がざわざわとする。
周囲がうるさいから、自分の声が自分でも聞こえるように、ボルテージが上がっていく。
こうなると、収拾が付かなくなる。まるで、嵐のようなざわめきだ。
ここでトールが、「落ち着け!」と一喝する。
このおかげで、辺りは潮が引くように静まった。
「いいか? 撤退は死罪というなら、現在東へ撤退中の歩兵は、全員が死罪だ。すると、歩兵は皆殺しになる。兵隊がいなくなる。どう考えてもおかしいだろう?」
頷く騎兵はいない。顔を見合わす騎兵ばかりだ。
「罰せられるのは、上官だ。お前達まで罰せられるはずがない。昔、人間界で大きな戦争があった。その戦争で魔王と同じようなことを言って、兵士達を撤退させなかった独裁者がいた。その結果、たくさんの兵士が死んだ。我々は、敵の弓矢の的ではないのだ! だからこの包囲網を突破する!」
トールの力強い言葉が響き渡る。
だが、誰もが無言だった。
騎兵の二百の目が、ドラゴンの四つの目が、馬上のトールを凝視する。
長い沈黙が、彼の不安を増幅させた。
念を押すべきか、意見を求めるべきか。
否、ここは、行動だ。
腹を決めた彼が口を開こうとしたその時、一匹のドラゴンがトールへ歩み寄った。
少し前に、背中に乗せてくれたドラゴンだ。
両者は、同じ高さの目線で向き合った。
「今一度、問おう」
「よかろう。何だ?」
「仮に、上官以外はおとがめなしになった、としよう。となると、果敢に包囲網を突破し、騎兵全員を導き、救出した上官が死罪になる。その結果に納得するのか?」
「もちろんだ」
「なら、立場は変わって、自分以外の誰かが上官だとして、彼が死罪になっても部下として納得するのか?」
「それは……」
トールは、言いよどんだ。
「なるほど。自分の犠牲は納得するが、他人の犠牲は納得しない。つまり、自分が部下の身代わりになって死罪になることを臨んでいる。それは、単なる自己満足。言わせてもらうが、格好つけ。俺が助けたのだぞ、と自慢して死にたいのか? 死んで、英雄としてあがめてもらいたいのか? 命令無視で死罪になるのだぞ。残るのは、不名誉だけだ。それでも良いのか?」
「……」
「我々は、上官が一人で罰を受けることに同意しない。罰を受けるなら、我々も罰を受ける覚悟がある。なぜ、部下のその覚悟に気づかぬ?」
「……」
「こんな連帯責任の議論をしている暇があるくらいなら、敵を一人でも多く斃そうではないか。上官なら、名誉ある行動を選び、我らを導け。決断できぬなら、今すぐ我らの上官を辞め、鎧を脱いで、ここから立ち去れ」
「……わかった。まず、この目で周囲の状況を見たい。あと、現在位置を知りたい。地図があれば良いが、なければ上空から見て判断する」
「よかろう。地図はないから、上空から俯瞰せよ。さあ、背中に乗れ」
トールは馬から下りて、ドラゴンの背中に飛び乗った。




