第31話 契約の儀
いよいよ、精霊達による『契約の儀』の始まりだ。
彼らの動きは、不思議と、ほぼ同期していた。
ゾフィーとトールは向かい合う。アンジェリーナとシャルロッテは向かい合う。
彼らは一斉に草むらに座る。
ゾフィーはトールの頭を下げさせる。アンジェリーナはシャルロッテの頭を下げさせる。
二人はそれぞれ、向かい合う少年少女に、秘水を頭から振りかける。
振りかけられた方は、全身が光の粒を纏ったように輝いた。
やがて、その輝きが消える頃、ゾフィーとアンジェリーナは、両手を胸の前で合わせて、祈るようなポーズを取る。
そして、精霊の長い詠唱が始まる。
唱えている言葉は、風が声をかき消しているので立ち会い者達には聞こえない。
今度は、トールが顔を上げて何かを唱えている。シャルロッテも同じ仕草をしている。
ゾフィーがトールの頭を下げさせ、首に何かネックレスのような物をかけた。アンジェリーナもシャルロッテに同じことを行った。
再度、精霊達の詠唱。
すると、トールの全身が黄金色に輝き、シャルロッテの全身が銀色に輝いた。
さらに、トールを中心に半径5メートルの円周上に黄金の光の壁が地面から持ち上がってきて、ゾフィーをも取り囲み、天まで届くような高さになる。シャルロッテの方は、同じ大きさの銀の光の壁がこれも地面から持ち上がってきて、アンジェリーナをも取り囲む。
光の筒状の壁は、薄雲を貫き、天空に丸い穴を開ける。
やがて光の壁は、輝く粒をまき散らしながら徐々に消えていった。
天空に開いた穴も、薄雲が塞いだ。
輝く粒が完全に空気に溶け込んだ頃に、トールとシャルロッテがほぼ同時に頭を上げ、恍惚の表情を見せた。
そして、全員が立ち上がった。
それは儀式の終わりを告げていた。
クラウスは、長い人生でもまれにしか見ることができない精霊の儀式の子細を逃すまいと瞬きもせずに立っていた。
そのため、儀式の終了に伴い、その緊張から解き放たれると、全身が疲労感に支配された。
しかし、それは一時のもので、すぐに心の中で感動に似た強い思いがこみ上げてきて、覆っていた疲労感を払拭した。
彼の眼には、光り輝く壁が、まだ消えぬ残像として完璧に焼き付いていた。
「終わったようですね。初めて間近で見ました。素晴らしい! 美しい! なんと神秘的! ああ……、名残惜しい!」
彼は、感動に突き動かされて目を潤ませ、心の中から言葉が湧き起こるままに賞賛の言葉を連ねた。
しかし、メビウスは、冷めた口調の言葉をためたバケツを、興奮する彼の頭へ容赦なくかぶせる。
「本来の儀式はあんなものじゃない。人は神がかりのようになる。通常より手順が簡略化していたから、実につまらんな」
心から感動している横でそんな水を差すようなことを言われたクラウスは、経験者を睨んだ。
取るに足らないことに感動していると馬鹿にされた気分になり、怒りの表情を浮かべたのだ。
だが、賢者の域に達している老人は、現実から目をそらさないよう、若者への忠告は忘れなかった。
「正式かどうか、荘厳かどうか、美しいかどうかの問題ではない。それだけ危険が迫っている、時間がない、ということ。あれはあれで、正規の契約になっている。過剰な装飾を排して、実利主義を取ったまで」
それから、彼は遠く地平線を見る。
「厄災はもう近づいてきたみたいだな。ちょっと、ひりひりしてきたぞ」
ゾフィー達がトール達を連れて、軽やかな足取りで立会人の元へ戻ってきた。
トール達は、緊張感に満ち精神的にもきつい儀式を終えたという安堵感を顔いっぱいに湛えている。
ここで、ゾフィーがトール達に向かって、先生のような話し方でおさらいを始める。
「魔法は、心の中で強く思い描くことで発動するの。その時は体の真ん中で熱く感じるはずよ。力を増幅させたいときは、雑念のない状態で、さっき教えた言葉を心の中で唱えて。私達が力を貸してあげるから」
さらに、アンジェリーナが補足する。
「とにかく、何をおいても集中力と持続力が大切よ。雑念は禁物。中途半端な気持ちだと、魔力が発動できなかったり、時には暴走するわよ。魔法は武器や劇薬と一緒で、本当は危険なものなの。暴走すると、相手を殺してしまったり、自分も怪我することがあるから、絶対に取り扱いを間違えないで。力の加減も重要よ」
ゾフィーがトールとシャルロッテの胸を順番に指さして、念押しするように付け加える。
「さっきも言ったとおり、首から提げているネックレスの先に付いているのは、契約の指輪よ。それを右手の指にはめれば最強の攻撃ができて、左手の指にはめれば最強の防御ができるの。今みたいに首から提げていれば、攻撃と防御が半々でバランスよくなるわ。紛失しても他人は使えないけれど、自分が弱くなるから、盗まれたら、必ず、取り返しなさい。壊されても契約は解除されないけれど、今度は試練を受けてもらうわよ」
ここで、クラウスが彼らの会話に割り込んできた。
「あのー、残りの二人には誰が契約を?」
それを聞いたゾフィーは、肩をすくめ、下目に見るような態度で突き放す。
「申し訳ないけれど、私達、あの二人には興味ないの。確かに、他の魔法使いと比べて潜在能力は飛び抜けて高いけれど、四天王の二人かもしれないけれど、トールとシャルロッテの潜在能力を見てしまうと、興ざめになるわ」
「そんなに駄目なのかな?」
「うーん、……どんな精霊でも駄目かというとそうじゃないと思うけれど、私達のレベルでは駄目ってことで諦めてくれる? そうそう、あの髪の長い子は火の精霊なら、髪の短い子は水の精霊なら興味を持ってくれると思うわよ。当たってみたら?」
ゾフィーは、もう話が済んだという顔をして、アンジェリーナに向かって「じゃ、私達は帰ろう」と声をかける。
アンジェリーナは、「そうね」と答えて、トールとシャルロッテに「頑張ってね」と励ましの言葉を贈る。
そして彼女らは徐々に透明になり始めた。
「それじゃ、私達は帰るわね。あなた達に精霊王の御加護があらんことを」
ゾフィーのその言葉が余韻のように響く中、手を振る二人は空気に溶け込むように消えて行った。
それを見届けると、メビウスはクラウス達に「さあ、馬車に乗って、できるだけ先を急ごう」と声をかけ、御者に向かって「出発だ!」と叫ぶ。
御者達は、待ち遠しかった出発の号令が掛かったので、腕まくりをしながらそれぞれの持ち場に戻った。
ここで、クラウスはトールとシャルロッテと一緒に先頭の馬車へ乗り込み、メビウスは少女二人が乗るしんがりの馬車へ乗り込んだ。
全員が乗り込んだのを確認した御者達は、馬へ力いっぱい鞭を打ち込む。
すると2台の馬車は、車軸をギシギシ言わせながら滑り出し、徐々に加速し、やがて互いに競争するかのように突っ走った。
途中、とぼとぼと歩く剣士達三人の肝を冷やし、連中を蹴散らした頃には、馬車は限界と思える速度で快走した。
正に、風のごとく駆け抜けていくのであった。
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