第308話 ベッドで言い寄る幼馴染み
トールは、首をかしげながら、ベッドの上に腰を下ろした。
「誰が気持ちを抑えつけているって?」
女は、左横から覗き込む彼を無視して、深く煙を吐いた。
「……そこまではわからない。自分自身かも知れないし。でも、かわいそうだから、彼女達の気持ちがわかるようにしてあげる」
女はそう言うと、トールの方へ振り向き、彼を凝視した。
彼は、女の瞳孔へ吸い込まれるような気分になり、瞬きまで忘れてしまった。
女の指先で優雅に挟まれたタバコから、直線のように立ち上る紫煙が微かに揺れる。
30秒後、彼女は視線を切って、近くにあった灰皿に、短くなったタバコをねじ込んだ。
「ちょっと待ってて。順番に、幼馴染みを呼び出すから」
「ああ――」
魔界に幼馴染みを呼び出すとは、召喚魔法でも使うのか。
否、明らかに、女が化けるのだ。
そんな疑いも持たない、うつろな目のトールを置いて、女はベッドの後ろにある扉から部屋を出て行った。
すると、ほどなく扉が開き、魔物討伐隊の制服姿のマリー=ルイーゼが入ってきた。ちょうど彼が頭に思い描いていた姿で。
物音に振り返ったトールは、驚きもせず、二人きりになったことに少し鼓動が高まるのを覚えた。
彼女は、オレンジ系の色の髪を後ろに束ねて持ち上げている。
その腰まで垂れるポニーテールを揺らしながら、トールの右側に腰を下ろす。
そして、いったん腰を上げて接近し、左腕を彼の右腕へ密着させる。
「……ねえ。その鎧を脱いで」
声まで、マリー=ルイーゼだ。
「ああ――」
彼は、重い鎧を素直に脱いで、床に転がした。
それを確認すると、彼女は体を左側へ90度ねじり、肌着姿になった彼の右腕へ、体の正面を押しつけた。
戦闘服がはち切れそうなほど豊穣な胸を、彼の二の腕がしっかりと支える。
一気に彼の鼓動がドクンドクンと波打つ。脈拍が上がって、指先までドキドキする。
わずかに傾いた彼はたちまち赤面し、服越しに伝わる、柔らかいながらも少し張りがある感触に浸っていた。
彼女は、彼の耳元で、くすぐるように囁く。
「……ねえ。私のこと、好き?」
「ああ――」
彼女はちょっと腰を浮かし、全身で彼をさらに数センチ押した。
弾力のある胸が揺れ、彼の二の腕が谷間に挟まれた。
彼女は体重を乗せ、彼をさらに傾ける。
「嬉しい。……もっと、素直になろうよ。感情を押さえつけないで、好きなら好きって言って。私、言葉にしてくれないと、わからないから。ね?」
「ああ――。わかった」
「私のこと、大好き?」
「ああ、好きだ」
「さあ、そこへ横になって」
「……」
「横になって。それとも、私が横になる?」
「ゴメン。それはできない――」
彼は、彼女の優しい声に包まれた誘いを、わびるように断った。
その直後に、彼女の豊かな胸が軽く押し返された。
「じゃあ、こうさせて」
彼女は、両腕を伸ばして、額を彼の右側頭部に密着し、ヒシッと抱きしめた。
冷たいはずの戦闘服の中から伝わる体温。
それが彼を、じっくり、心まで温めていく。
すると、彼の目に、水滴が浮かび上がった。
微かに震える彼を、両腕と胸で感じ取った彼女は、堪えきれない表情の顔を覗き込む。
「どうしたの?」
「何か……、何かを忘れているような気がする。好きな人に抱かれているのに、別のことが気になるなんて、どうかしている。……だから、ゴメン」
「うん。いいよ。好きって言ってくれただけで嬉しいから。素直になってくれたから。……他に好きな人がいるのね。……じゃあ、さようなら」
彼女は今一度彼へ、弾力のある胸をグッと名残惜しそうに押しつけ、ソッと腕を放して立ち上がる。
そして、音もなく扉の向こうへ消えていった。
トールは、両肘を両足の上に載せ、頭を抱えた。
右腕にまだはっきりと残る、彼女の胸の感触。
しかし、それに浸っていられない。
水滴は、一部は両腕を伝い、一部はポタポタと足に垂れた。
「何だろう、この感覚。……記憶の引き出しに穴が開いたような、記憶が消されたような感じがする。思い出せない。何を忘れたのだろう?」
とその時、扉が開いた。
「もしかして、それって、私のこと?」
彼は、聞き覚えのある声にドキッとして振り返った。




