第307話 艶めかしい美女の魔物
トールは、話の途中で割り込んできた村長から、村の近くに店があるので行ってみないか、と誘われた。
なんでも、人間界で仕入れてきたものを魔物相手に売っているらしい。
彼は、興味はないと断ったが、騎兵達は何人か見に行った、と言うのを聞いて重い腰を上げた。
仲間が罠にはまるかも知れないからだ。
村長の先導で行ってみると、村の外れから歩いて3分の距離に、固まって5軒ほど木造の粗末な建物があった。
すでに、建物の前に相当数の馬がつながれていて、かなりの騎兵が立ち寄っているらしい。
1軒1軒中を覗いてみると、笑い声で溢れ、食事をしているようだった。
どれも居酒屋兼雑貨屋みたいなものらしかったが、最後の1軒だけは違った。
紫色のドレスを着た艶めかしい姿の美女が、獣人二人を両脇で抱えて、ベッドの上で転がっている。
女は、人型魔物であろう。獣人は、どう見ても味方の騎兵だ。
物音に気づきトールの姿を認めた獣人は、血相を変えて女の腕を払いのけ、建物の外へ逃げ出した。
彼は馬に乗って逃げる二人の背中を見送ると、女に視線を移す。
改めてよく見ると、腰まで届く亜麻色髪、吸い込まれそうなコバルト色の瞳、書いたような柳眉、高い鼻、ピンク色の唇。
見せつけるように突き出す胸。ドレスの胸元から覗く谷間。
人間で言うと二十代後半の女。
絶世の美女である。とても、魔物とは思えない。
トールは、扉に寄りかかり、腕を組む。
「色を売る店か?」
女は、そばにあったタバコの箱を取って指でポンと叩き、飛び出した1本をくわえた。
「リラクゼーションのお店。いい夢を見させる商売よ」
「それは色と似たようなものだろ」
「違うわよ。リラクゼーションは、悪夢からも解放する、心を癒やすお店。なんか、人間界の変な宿と間違えていない?」
女は、慣れた手つきでタバコに火をつける。マッチの火を手で振って消す仕草も、艶めかしい。
「それ、どこで覚えた?」
「人間界よ」
「それはわかっている」
女がくわえるタバコの先の赤い火が、ツーッと微速で口元へ近づく。そして、肺の奥まで達したであろう煙が、大きく吐かれた。
「……ああ、場所が知りたいのね? 人間界のヴェルサイユの酒場よ」
「酒が飲めるのか?」
女は、柳眉をわずかに曲げて、口の中に残っていた煙を横向きに吐き捨てた。
「飲む振り。私達には、縁がない液体だから」
「格好つけ、か。そのタバコの仕草も、様になっているな」
「そう? ありがとう。でも、格好つけは余計」
「なぜタバコを?」
「人間に憧れているから」
「憧れるあまり、若い女に化けているのか?」
「あら、ひどいわ。これ、全て自前よ」
「服も? 人間界で盗んだのだろう?」
「働いたお金で買ったのよ」
「働いた……。なるほど、ヴェルサイユに人型魔物がたくさんいる、と幼馴染みが言っていたな」
「幼馴染み――」
彼女は、タバコをくわえたままトールを食い入るように見る。
「俺の顔に何か付いているのか?」
「見えるわよ、その子の顔。名前はヒルデガルト。銀髪で、小さい子ね」
「見える!?」
「気になる? なら、そんなところに立っていないで、入ってくれば?」
彼は、彼女の目から発せられる見えない糸にでも引っかかったのか、たぐり寄せられるように建物の中へ足を踏み入れた。
そして、一緒に入ってこようとする村長の胸ぐら付近を左手で押して、ピシャリと扉を閉めた。
「……」
「そこに立っていないで、ベッドまで来たら?」
「言葉巧みに客をたぶらかす商売なら、斬り捨てる」
「顔に似合わず、物騒なことを口にするのね。……あら? あなたって、たくさん女の子を知っているのね? 顔が映って見えるわよ」
「なぜわかる!?」
「さあ。生まれつきだから。理屈は知らない。……でも、かわいそう、その女の子達」
「何が?」
「全員、あなたのことが好き。ライバル同士で、顔には出さないけれど、裏ではかなり争っている感じね。なのに、あなたは、誰にも告白しない。じらすだけ。最低ね」
「……」
「尻尾を振る女の子を見て、楽しんでいる。女はいつでもそう、なーんて思っている。どう? 当たりでしょ?」
「……」
「怒らないの? ……あら? ……ああ、そういうこと!? なるほどね」
「何が、なるほどだ?」
「女の子への気持ちが抑えつけられているみたい。それだけじゃない。いろいろと、かなり強めに心が抑えつけられている」
「誰に?」
「誰かによって」




