第302話 燃える魔法科学研究所
午後0時。
メーヴェンブルクのローテンシュタイン帝国魔法科学研究所は、猛火に包まれていた。
すべての建物は土台から破壊され、元の姿をとどめないほど崩れ落ち、残骸を舐める炎が残らず焼き尽くそうとしている。
消防団の懸命の消火活動にも関わらず、研究所内の何か特別なものが燃えているのか、黒煙と炎が治まらない。
なお、所長のハンス・メビウスと助手のゲオルグ・クラウスは、たまたま、ローテンブルクのメビウス魔法道具店へ、新作の魔法測定器の実験に向かっていたので無事。
研究所の研究員達は、所長がいない隙にこっそりと抜け出して、ある者は喫茶店でお茶を飲んだり、ある者はウインドウショッピングをしていて無事。彼らは、後日、なぜ犯人を見ていないのかの説明に窮することになる。
町中を震撼させた大火災は、3時間後に鎮火した。
まだ白煙がイヤな臭いも乗せて周囲にたなびく中、駆けつけたメビウスとクラウスが、頭を抱えながら状況を見て回った。
白い建物は、すべて、焼け焦げた無残な瓦礫と化していた。
ドラゴンが多数飛来して、踊るように踏みつけ、口から吐く炎で余すところなく焼いたとしか思えない惨状だ。
「メビウスさん。放火犯の目的は何でしょう?」
「それをここで聞くかね?」
「あ、すみません。考えれば、自明でした」
「こりゃ、ロム・リュッベンドルフが悲しむぞ。完全に手足をもがれたな」
「どこで、バレたのでしょうか?」
「それがわかれば、先回りして、あの貴重な水晶玉や鏡や諜報道具を隠しておったわ。分散していると感づかれて、すべての建物を破壊しおった! 忌々しい!」
「予備はないのですか?」
「君は、ロムみたいな質問をする奴だな。ないから困っておる」
「水晶玉なら、宮殿にいる千里眼の魔法使いから借りるとか」
「借りるなら、ロムに頭を下げさせろ。わしは、知らんぞ。ただし、あの千里眼の水晶玉は、魔界の様子が覗けるのかまでは保証できんがな」
「魔界の中の情報屋は、無事でしょうか?」
「無事だとわかるくらいなら、わしが魔界と行き来しておるわ」
「犯人の特徴から、何かご存じですか?」
「君は、今度は、警官かね? 金髪紫眼でプレートメールを着用した大剣とサーベルの二刀流なぞ、聞いたことがないわい。しかも、大剣から発せられた雷撃で、建物が吹き飛ぶなんて、冗談みたいな魔力の持ち主は、どこの世界におるのだ?」
とその時、歩く二人の後ろから中年男性のような声が聞こえてきた。
「あー、メビウスさんですかな? ちょっと聞きたいことがありますので、お時間を」
二人が同時に振り向くと、太った警官が、ふーふー言いながら、右手に白い紙を持って走り寄ってきた。
「目撃者の証言から、人相書きを作りました。これなんですが、見覚えがあったりしますかな?」
メビウスとクラウスは、人相書きを覗き込み、記憶にある無数の顔と照合する。
彼らは、数秒後に目を見開いた。
ほぼ一致する人物がいたのだ。
「おや? もしかして、恨みを買うような人物にこんな顔をした者がいるとか?」
警官は眉根を寄せて、二人の顔を交互に下から覗き込む。
「……すっかり忘れておったな、建物を吹き飛ばす冗談みたいな魔力の持ち主を」
「……ええ。まさか、この建物を壊すとは思ってもみませんでしたから、フィルターが掛かっていました」
「ほほう。で、この男の名前は?」
メビウスとクラウスは、人相書きに落とした視線を、ゆっくりと警官の眼へ向ける。
「「トール・ヴォルフ・ローテンシュタイン」」
二人は、幽霊でも見たかのような顔でハモった。
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