第299話 掠われたトール
その後、マリー=ルイーゼ達五人と衛兵五人が、扉の向こうにいるはずのトールを探したが、煙のように消え失せていた。
残っていたのは、通路に残る濡れた足跡。
たどっていくと男湯に出たが、そちらはもちろん、もぬけの殻。
彼の脱いだ服が、脱衣所で持ち主の帰りを待っているだけだった。
凶報は、ヴィルヘルミナとアーデルハイトの耳にも入った。
黒猫マックスや彼女達が見た銀色の人物の情報を元に、宮殿の敷地内で大がかりな捜索が行われたが、逃走の痕跡らしいものはなく、無駄に時間が過ぎていくばかり。
新たな賞金稼ぎの犯行か。それとも魔界の人物の犯行か。
誰もが自分達の考えを言い合うだけで、そこから先には全く進まなかった。
夜が白々と明ける頃も、捜索は続いた。
だが、10時間近く経っていて、捜索する誰もが、すでに誘拐犯は逃げ延びた後だろうと思っていたので、真剣味が薄れていた。
朝8時。
トールが牢獄と錯覚した秘密の部屋で、丸テーブルを囲む五人がいた。
それは、ネリー・アンドレーエ情報相、双子の密偵ロムとラム、ヴィルヘルミナとアーデルハイト。
今日のロムとラムは、民族衣装を着た、お下げが似合う美少女の出で立ちだ。
「二人とも、何か情報が入ったらしいな」
ネリーが、自分を挟んで左右に座る双子を交互に見て、口火を切った。
「先に、ラムにエルフのことを聞いて」
「あら、ロム姉さんの魔界の情報は後でいいの? 私のは、大したことないわよ」
「だからよ」
「ひどー。……いいわよ。エルフの情報だけど、夜明け前に森の西の外れで、全身が銀色に光る人物が、何か大きなものを肩に乗せて歩いているのを目撃されているわ。おそらく、誘拐犯とトールね。私のはこれだけ。ロム姉さん、オーバー」
「魔界の動きだけど、ついに、天空の魔王の軍隊が、西へ侵攻するための準備を始めたわ。でも、おかしいの。準備しているのは騎兵だけで、百人規模。相手は弱体化しているとは言っても、そんな少人数で西へ攻めたら、負けるのは必須。なぜなら、魔王不在の西の土地に派閥がたくさんできて、兵を集結させているらしいの。なのに、天空の魔王は大部隊を動かす気配がない。何を考えているのか、さっぱりわからないわ。他の魔王達も、この動きがわからず、様子見で動かない」
「とまあ、これが私達の最新情報よ」
ネリーは、右肘をテーブルにつけて、右手に渋い表情の顔を乗せている。
口は固く閉じて、への字のように曲がり、鼻からため息を漏らす。
「つまり、トール・ヴォルフ・ローテンシュタインは、エルフの森に連れて行かれたらしい。一方で、魔界では、天空の魔王が偵察目的らしい中隊を編成して、西の様子を窺いに行こうとしている。この2つを結びつけると、どうなる?」
誰に向かって問いかけているのかわからない質問が、テーブルの上に投げ出される。
行き場を失ったそれは、もちろん誰も拾わず、皆はただただテーブルの上に視線を落とす。
2つの因果関係が、さっぱりわからない。彼らの思考はシュリンクする。
双子は、自分達の仕事を終えたつもりになっており、二人ともさっきから右手の指で、お下げの先をクルクルと回している。
推理に興味が失せた彼女達がテーブルの汚れを見飽きた頃、アーデルハイトがはたと膝を打った。
「わかったわ!」




