第298話 温泉バトルは危険がいっぱい
扉の奥は、手抜きの照明のため薄暗くて、狭い通路。
その中で、トールと銀色のハンターは、組んず解れつの乱闘を繰り広げる。
再びハンターに喉をつかまれたトールは、扉らしいものに背中を押しつけられた。
右腕にドアノブらしい形のものが当たるから、扉に間違いない。
彼は、それに手を掛ける。
すると、後ろから、キャッキャッと幼馴染みの声がする。
ヤバい! 扉の向こうは女湯だ!
扉一枚隔てて、全裸の自分がいる。全裸の彼女達がいる。
恥ずかしさのあまり、彼はドアノブに右手を掛けたまま躊躇した。
逃走を試みるトールに気づいたハンターは、喉をつかんでいない方の手で、扉に魔力を注ぎ込んだ。
すると、扉から二本の腕がニューッと伸びてきた。
一本は、トールの右脇腹、へそ、左脇腹の順になでるように伸びて、堅く締め付ける。
もう一本は、その腕の上側を、逆の順に伸びて締め付ける。
腕のある壁が、後ろから、きつく抱きついてきたような格好だ。
これで、彼は身動きがとれなくなった。
この状態で、物音に気づいた彼女達の誰かが、扉を開けたら!?
そう考えただけで、全裸の彼は、茹で蛸のように赤面する。
とその時、のっぺらぼうだったハンターの顔に、3つの碧眼が現れた。
トールの脊髄に、氷のように冷たいものが走る。
これは、おそらく、術を使う眼だ。見つめてはいけない。操られる。
彼は、即座にハンターの足へ蹴りを入れ、さらに右ストレートで顔面をこっぴどく殴打した。
後ずさりしたハンターは、お返しとばかり、右手を大きく振りかぶって、ストレートをトールの左頬に炸裂させた。
その勢いで、ドアが開いた。
そう、トールを乗せたまま。
目の前で無数の星が点滅するトールは、ドアとともに回転する。
そして、ドアが壁にぶつかって止まったとき、彼が見たものは――、
浴槽の中で立ち上がった四人の、つるつるした背中、くびれた腰。上気する桜色の肌が眩しい。
奥には、正面を向いたヒルデガルトの、へそから上の全裸。
背中を向ける四人は、はしゃぎながら、ヒルデガルトにお湯を掛けている。
頭から湯をかぶるヒルデガルトが、お湯しぶきの隙間から、トールの方をチラ見みする。
目が合った!
慌てて、大事なものを隠すトール。
とその時、視界の左から銀色の腕が伸びてきて、トールを乗せたドアが閉められた。
再び、ハンターの3つの碧眼がトールに迫る。
今度は、腹の辺りに何かが飛びついた。
黒猫マックスだ。
トールに抱きつく扉の腕にしがみつき、ガリガリと噛みついている。
自分の大事なものが黒猫マックスの腹に当たるトールだが、気にしてはいられない。
援軍を得たトールは、また右ストレートをハンターの顔面に浴びせる。
蹌踉めいたハンターだが、なかなかどうして、倒れず踏みとどまる。
今度は、3つの碧眼が丸くなり、さっきより強めの右ストレートで逆襲された。
その勢いで、ドアが開いた。
今度は、トールと、ふんどしの前垂れ役になった黒猫マックスを乗せて。
目の前が星でチカチカするトールは、星の隙間から、彼女達の驚愕する顔を次々と見る。
彼女達は全員、体を半分向けて振り返っているので、腕の向こうに膨らむ胸がチラリ。
トールを指さすヒルデガルトは、正面を向いたままで、隠しもしない。
彼が一部始終をパノラマ風に見る中、ドアが壁にぶつかって止まると――、
「うおっ!」
ぶつかった弾みで、前垂れ役の黒猫マックスが落下した。
下半身がスースーする。
「あっ……」
湯気よ、我を救いたまえ――。
浴場に響き渡る甲高い悲鳴。
しゃがみ込む彼女達。
激しく波打つ水面。
神は我を見放した――。
トールの視界に、またもや銀色の腕が伸びて、ドアが閉められた。
今度は、ハンターが後ろに下がった。
殴り合いを諦めたのか? いや、違う。
伸ばした両手の先から、白く輝く魔方陣が出現した。
魔法攻撃だ。
トールは、慌てて防御魔法を強化した。
しかし、間に合わなかった。
徐々に意識が遠のく。
扉の向こうで彼女達の問い詰める声が、黒猫マックスの弁解する声が、遠くに消えていく。
彼は、瞼が重くなり、目の前に漆黒の闇が広がった。
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