第294話 百年前の異世界転生者
「あなたは、誰ですか?」
「私は、ハルフェ・ドライシュタイン」
「あっ、あなたでしたか。ヒル、いやヒルデガルト、って僕の幼馴染みの名前ですが、彼女からあなたのことを『前の剣の持ち主』と聞きました。僕は、トール・ヴォルフ・ローテンシュタインと言います」
「剣を抜いたということは、異世界からの転生者ね」
「ええ。前世は日本人です」
「その容姿、黒髪に黒目は、確かに東洋人ね。私の前世はウェールズ出身よ。グレートブリテンの」
「そうなんですか。……それより、さっきの手は何だったのですか? 魔物みたいでしたが」
「呪いの手よ。あなたは、エルフの呪詛にやられたみたいね。普通は時間を掛けて毒が回ったようになるのだけれど、今回のは、即効性の毒のように早く回ったみたいね。もう大丈夫。私が呪いの手を祓ったから」
「ありがとうございます。……ところで、ここは、グリューネヴァルトですか? なんだか、現実っぽくなくて、夢を見ているみたいなのですが」
「無意識の世界だけど、まあ、夢と言ってもいいわ。そんな世界でも、あなたが左腕に剣を取り込んだおかげで、こうしてお話ができるの」
「もしかして、剣の中にあなたがいるのですか?」
「そうよ。剣の中から声を掛けているのだけど、きっと私の姿が、剣から出てきたかのように、あなたには見えているのね」
「そうなのですか? 不思議ですねえ」
「剣にも、人が中にいるのがあるのよ。斬った相手の怨念が宿っているのもあるけど」
「僕の剣は、語りかけると答えてくれるのです。もしかして、宿っていたのかな。……あっ、そういえば、僕の剣、もう一つの剣を知りませんか?」
「知らないわ。体の中にあるのは、左手に取り込まれた剣だけよ」
「ということは、ツェツィーリアが隠したままだな。なら、この左手の剣は、何と言えば取り出せるのですか?」
「硬い切っ先」
「エクスカリバー!の方が格好いいなぁ」
「じゃあ、他の持ち主を探そっかなぁ――」
「嘘です。硬い切っ先。覚えました」
「フフッ。よろしい」
「この剣は、どういう剣なのですか?」
「間違いなく、異世界最強の剣ね」
「最強って、何でも切れるのですか? でもコンニャクは切れないとかいう弱点があるとか」
「持ち主選ぶの、間違えたかなぁ――」
「ご、ごめんなさい。一応、持ち主なので、弱点も含めて特性は知っておこうと」
「弱点? 決して刃こぼれはしないけれど、使う人の精神力がそのまま反映されるので、弱気ならリンゴさえ切れないことがあるかもね。
弱点は、そのくらい。
それより、覚えていて欲しいことは2つ。まず心の強さに応じて、3段階に剣を変形できること。そして魔力を増幅して剣先から放出できること。最高の段階で魔力を放出すると、体内のほぼ100%の魔力を持って行かれるから注意してね」
「刺さっていたのは、どの段階の剣ですか?」
「一番低い段階よ」
「そうなんですか!? 凄い威圧を感じました。最低の段階でも相当強いのでしょうね。わくわくしてきます。もし最高の段階にして僕の全部の魔力を放出すると、どのくらいの強さになるのですか?」
「そうねぇ……。ローテンシュタイン帝国全土が、一瞬で焦土になるわね。冗談抜きで」
「げげっ……」
「正に英雄の爆弾ね」
「マジで、こえー。でも、かっけー」
「衝撃が凄いから、おそらく、あなたのその体じゃ、第2段階が限度よ」
「その方がいいと思います。世の中のためにも。僕の恩人がいる国を、焦土になんかできません」
「あら? あなたの意識が戻るみたいね。では、また」
「ありがとうございます。ここでお話ししたことは内密にします」
「大丈夫。目覚めると、ほとんど覚えていないと思うから……。あ、注意事項は忘れないで――」
トールの目の前に眩しい光が現れ、両手を振る彼女も森も視界から消えていった。




