第291話 エルフの呪詛
その後、イゾルデのツタの魔法で、キルヒアイスとツェツィーリアが身動きできないように縛られた。
その頃になると、緑色に光り輝いていた結界が、徐々に光を放つのをやめていき、元の透明な状態に戻りつつあった。
しばらくして、アーデルハイトを先頭に兵士達が駆けつけた。
少し遅れて、足を引きずるヴィルヘルミナが黒猫マックスと一緒にやってきた。
彼女の話によると、兵士の中に治癒魔法を使える者がいて、治療してもらったが、いても立ってもいられないので、歩けそうになった時点で駆けつけたという。
トールは、ヴィルヘルミナへ、今までの状況の一切合切を報告する。
ツェツィーリアに挑発されてエクスカリバーを引き抜いてしまったこと、それが勝手に自分の体の中に取り込まれたこと。
どれも、深く反省を込めて伝えた。
「もし結界が解除されたら、どうするつもりだった?」
「ハルフェ・ドライシュタインのように、石版に突き刺すつもりでした」
「それは、ヒルデガルトから伝承を詳しく教えてもらった今だからできることではないか?」
「うっ……、そうかも知れません」
彼は、ヴィルヘルミナに痛いところを突かれて、金髪のサラサラヘアをかきむしった。
とその時、彼の視線が、忙しく動く兵士達の背中へ向かう。
よく見ると、その兵士達は、手錠を掛けず紐でぐるぐる巻きにされたキルヒアイスとツェツィーリアの全身を麻布で覆い、さらに上から厳重に紐で縛っている。
これでは、簀巻きと同じだ。
そして、近くにあった木の長めの枝を2本伐採し、1本の枝に一人を縛りつけた。
枝は兵士二人がかりで肩に担がれた。それが二組。
トールは、ジャングルの中で二人の原住民が獲物を結びつけた棒を担いで歩く図を想像した。
彼は、敵にちょっぴり同情する。
「なんで、あんな風にして運ぶのですか? ちょっと厳重すぎやしませんか?」
「ああ、あれか? あの二人は、四天王とその手下の中で、唯一、呪詛を使う奴らだからさ」
「呪詛?」
「呪いのことだよ」
「呪い?」
「そう。奴らは、触ることで相手に呪いを掛ける。だから、ちょっとかわいそうに見えるが、ああして我々を触らさせないようにするのさ」
「なるほど」
「ところで、君は、あいつらに触られていないよね?」
トールは、ズキンとするほど心臓が飛び跳ねた。そんな危険な人物と戦っていたのだと思うと、動揺を隠せない。
「え……、ええ、た……、多分」
「多分!? 本当に、触られていないのか!?」
「自信はありません。肉弾戦だったので」
「何だと!?」
「万一、呪いが掛けられるとどうなるのですか?」
「呪いは魔力では振り払えない! 治癒魔法が効かないのだ! 確実に、蝕まれる! 本当に、本当に触られていないのか!?」
「呪いで体が蝕まれるとしたら、今すぐですか?」
「しばらくしてからだ。だから、いつ掛けられたのか、わからないときがある。それで、討伐後に何人も兵士を失った」
トールは震えながら、ツェツィーリアとの肉弾戦を思い返す。
触られたような気もするし、そうでもないような気もする。
長剣を弾かれた時まで、記憶を遡ってみる。
そうやって考えているうちに、頭の中で、ありもしない空想が駆け巡っていった。
影法師のようなツェツィーリアが、腕に触れる。手を握る。頬をなでる。
そうして、呪詛が体を内側から蝕んでいく。
トールは、そんな空想の果てに、心が押しつぶされた。
そして、めまいを起こし、崩れるように倒れ込む。
呼びかける仲間の声。
揺すられる体。
ぼやける視界。
やがて訪れる漆黒の闇。
彼の全ての感覚が、その暗闇に飲み込まれていった。
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