第284話 出現した国境の壁
トールは、影法師が立ち上がると同時に、右手の先でキーンという甲高い金属音を聞いた。
右手を握ると、取り出したはずの長剣の柄がない。
その時、立ち上がった影がキラリと光る長いものを、横に振り回した。
トールは、素速く後ろに跳んで、光の軌跡を回避する。
と同時に、長剣が地面に落ちる音がした。
「この物騒な剣は、もらうよ」
影が若い女の声でしゃべると、長剣がサッと宙に浮き、煙のように消えた。
女は頭のてっぺんからつま先まで、真っ黒。そして、のっぺらぼう。
手に持っている光るものは、おそらく、小ぶりの剣。
魔方陣から出現し終えた長剣を、彼が握る前に、それで弾き飛ばしたようだ。
トールは、女に向かって右手を伸ばし「梱包!」と魔法名を叫ぶ。
ところが、毛布が包んだのは空気のみ。女は、軽々と横へ避けている。
間髪入れず、もう一度、「梱包!」と叫ぶ。
だが、これも女は、涼しい顔で避けている。
素速い。信じられないほど、動きが速いのだ。
ならばこれでどうだと、彼は即座に雷撃魔法を繰り出した。
「雷神!」
女は、これを辛うじて避けた。
避けられた雷が、そのまま空中を突き進む。
それは空き地を越えて森の中へ吸い込まれると思えた、その時――。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
空き地の真ん中で、雷が見えない何かにぶつかって、爆発した。
すると、ぶつかった箇所に、緑色に光り輝く円盤が出現する。
その円盤は、同心円を描くように瞬時に広がり、低く垂れ込める雲を突き抜け、森を突き抜けた。
それは、最後には巨大な壁となり、呆気にとられるトールの前に広がる。
壁は、その色から、地上に降りたオーロラに見えた。
男は緑色に光り輝く壁を指さしながら、「見よ!」と叫び、トールの方へ目を向けた。
「これがエルフの森を二つに分けている結界。百年前に、国境に沿って張られたのだ。普段は透明で目に見えないが、こうやって魔力をぶつけて破壊しようとすると、しばらくの間、その姿を見せつける。忌まわしい壁よ」
これが、森を二分する結界。
ローテンシュタイン帝国とスカルバンティーア大公国との国境は、柵と有刺鉄線で守られているだけだが、エルフの森になぜこのような結界が張られているのだろう。
両国の不信感。部族間の憎悪。それでは説明が付かない。
柵だけにすると、高い木をよじ登って、簡単に越えられるからか。
でも、越えたければ、森の外に出れば良い。
トールは、過剰な結界、このおぞましい壁に悪意を感じ取った。




