第283話 地を這う影法師
トールは、強化魔法をフル活用して、人間の数倍の速さで駆け抜ける。
ところが、逃げる二つの人影も同じ速さ。
彼の記憶では、こんな韋駄天の背中を追うのは、初めてだ。
なので、少しも距離を詰めることができない。
それどころか、明らかに意図的だろうが、ジグザグと方向を変えて走るので、見失わないようにするだけで精一杯。
そのトールを追いかけるのは、ヒルデガルトを先頭にした彼の幼馴染み五人。
一緒に駆けだした兵士達は、強化魔法で突っ走る彼女らの速さに舌を巻き、早々に引き返した。
とっぷりと暮れた森の中を、ヒルデガルトの背中を追って、四人がひた走る。
そんな彼女らも、トールの姿は視界から消えている。
何を頼りにヒルデガルトが走っているかというと、軍用ゴーグルのセンサーが知らせる彼の位置を示す白い人型。
それは、距離が大きく開くと点滅し、探知可能範囲からロストすると消える。
点滅に焦りながら、ヒルデガルトは猛追する。
トールは、めちゃくちゃと思えるほどジグザグに逃走する彼らの行動から、罠ではないかと思い始めていた。
自分を討伐隊から引き離すのが目的か?
だが、ここで最後の敵を逃しては、広大な海の中で二つの黒い真珠を探し出すようなもの。
振り出しに戻るのは、御免だ。
彼は、疑いつつも、一層足を速める。
すると、森の木々がまばらになってきた。
その向こうに広い空き地が見える。
空き地の真ん中で、何かがぼんやりと光っている。
トールは、光るものに気を取られていた隙に、二つの人影が一つに減っていることに気づく。
人影は、光っているものの手前で立ち止まり、振り返ったようだ。
トールは、前方も周囲も警戒しながら減速。
そして、10メートルほどの距離を置いて立ち止まる。
人影は、黒いローブを着て、黒いフードをかぶった長身の人物。
その背後から後光のように差す光が眩しすぎる。
慣れてきた目が捕らえたフードの中は、涙袋より下を黒い布で隠している顔。
まるで、フードの中にギラギラした目だけが浮いているように見える。
そいつは、壮年の男の声で語り始めた。
「ほほう。この俺様に追いつくとは、恐れ入る。しかも、息が切れていない。さすが、神に遣わされた子だ」
「キルヒアイスだな!?」
トールの問いに、男は笑ったのか、目を細める。
「だとしたら、どうする?」
表情が目だけでしかわからない男だが、不敵な笑いでも浮かべているのだろう。
トールはその表情を読み取ろうとしていると、視界の下の方で、黒くて平べったいものが動いている。
初めは、男の影法師が動いたと思った。
しかし、そいつは、蛇のようにくねりながら、トールの足下へ向かってくる。
「剣!」
殺気を感じたトールは、右手を横に伸ばし、手の先に出現した輝く魔方陣から長剣を取り出す。
だが、それより早く、急接近した影法師が彼の前に立ち上がった。




