第28話 異世界転生した少年と少女達
クラウスとメビウスがゾフィー達の馬車に近づくと、ゾフィーが「女の子達が目を覚ましたの」と喜びの表情を満面にたたえて、扉をサッと開けた。
クラウス達が扉から車内をのぞくと、こちらもさきほどと同様、黒い瞳を持つ二人の女の子が視線を投げかけていた。
これで彼らは、四人の少年少女に次のような共通点を見いだした。
髪の毛の色も髪型もバラバラだが、瞳は全員黒い。
耳が上に尖っていなくて、丸みがある。
運んだときに気づいたが、尻尾がない。
明らかにローテンシュタイン帝国に居住する種族ではない。
しかも、彼らの知識を総動員しても、近隣諸国には見当たらない種族である。
この未知なる種族。
気まぐれな創造主は、この世界へ、また新たなる生命を与えたもうたか。
それとも、神の支配が及ばぬ異世界からの来訪者か。
クラウスはまず、腰まで伸びたオレンジ系の髪でポニーテールの女の子にヒアリングをする。
「名前は? どこから、来たの? 昔のこととか、夢で見たこととか、知り合いとか、覚えている?」
すると、女の子は、時々目をつぶって考えながら答える。
「名前も、……どこから来たかも、……昔のこともわからないけれど、夢の中では、サンジョウ・ナナセ、と呼ばれていて、……知り合いならハヤテ、カリン、それとアオイかな。車に乗っていて……事故で死ぬ夢を見るわ」
次に彼は、銀髪で短めのショートヘアの女の子に声をかける。
「名前は? 生まれはどこ? 昔のことでも何でもいいから、何か覚えている?」
すると、こちらの女の子は、少年の声で、淡々と話をする。
「覚えているのは、夢の中で、シジョウ・アオイと呼ばれていたこと。ハヤテとナナセの名前。大きな車に乗っていて事故で死んだこと。死後の世界。それなのに、今どうしてここにいるのかは知らない」
クラウスは、先ほどの四人の共通点に一つ付け加えた。
この人種は、ボディランゲージがない、無表示に近い、と。
以上、少年少女達の証言を集め終えたクラウスとメビウスは、腕組みをしながら、元いた位置までぶらぶらと戻っていった。
そうして、足下にまとわりつく草を時々軽く蹴り、互いに額を付き合わせるようにして、自分の考えを交換する。
まるで、事情聴取後の刑事のようだ。
「どう思うかね?」
「まず、種族というと点では、彼らは同一種族でしょう。身体的特徴がそれを指し示しています。後、全くと言って良いほど同じ夢を見ている。いずれも『ブス』に乗っていての事故です。共通点が多いですねぇ」
「確かに。我が国では、魔力が高い魔法使いは前世の記憶を持つ者が多いから、彼らも魔力の潜在能力が高いことを鑑みて、その夢が前世の記憶かもしれんな」
「ええ。私もそう思いました。四人とも、前世では知り合いで、同じ車に乗って事故に遭い、その後こちらの世界へ転生した」
「そう考えれば、つじつまが合う」
「ところで、転生というのは、赤ん坊、厳密には生命の誕生からスタートするではないのですか?」
「ううむ。それが、ごく稀にだが、赤ん坊から始まらない転生があるのだよ。我が国で古来からある『神に遣われし子供達』の伝説は、少年少女がこの世界に忽然として現れるのだが、実は転生なのだ」
「えっ! 本当ですか!?」
「ああ。過去の文献とか記録とかを調べると、その子らは、『少年少女としてこの世界に現れ、生まれたときからの記憶がなく、前世の記憶を持っている』という共通点がある。生命の誕生を司る女神の気まぐれかもしれんが、そういうことが過去に何度か起こっているのだよ」
「ほう。それは興味深いですね。つまり、あの子供達も、そのケースだと」
彼らが議論をしていると、遠くの方でムクムク動く人影が彼らの視界に入ってきた。
倒れていた剣士達が起き上がったのだ。
クラウスがまた魔法を使って脅そうとするのを察したメビウスは、優しく警告する。
「魔法を使うのかね? あんな奴らに無駄遣いは、よせ」
「ああ、確かにそうでした。脅せば尻尾を巻いて逃げるでしょうね」
実際、クラウスが大股で剣士達の方へ近づいて行っただけで、連中はヒーッと悲鳴を上げて大いに震え上がり、武器を抱えて一目散に逃げていった。
クラウスは不戦勝の勇者になった気分を味わい、鼻の下を指でこすって、大股で凱旋した。
ちょうどその時、ニコニコ顔のアンジェリーナが馬車から降りてきて、クラウス達の方へ近づいてきた。
「逃げていったみたいね」
「ああ、魔力なしで撃退したよ。省魔力だね」
「それはいいとして、あの子達のこと、何かわかったの?」
クラウスは、「まだ結論が出ていないが」と前置きして、現時点での二人の見解を語った。
「この四人は、お互いを知っているし、乗合自動車らしい車に乗っていて事故に遭って死んだ記憶を持っている。おそらく、彼らはかなりの確率で、前世で一緒に死んで、一緒にこちらの世界に転生してきたと思えるね」
メビウスは、彼の言葉で不足している点を補足する。
「あの『神に遣われし子供達』の伝説にあるとおり、転生して少年少女からスタートしたと考えられる」
アンジェリーナは、自分が聞きたいことがなかなか出てこないので、じれったかったらしく、「それはいいんだけど」と口を挟み、メビウスに眉を八の字にした顔を近づけた。
「それで、この子達の魔力の潜在能力はどれくらい高いの?」
メビウスは、自慢の我が子を紹介するように、身振りを大げさにして回答する。
「四人とも帝国随一。魔法使いの四天王と言っても良い。特に先頭の馬車に乗っている少年が一番。少女が二番」
アンジェリーナは、ふんふんとうなずいて、馬車にいるゾフィーに手招きをする。
「ゾフィー。始めるわよ。『あの儀式』」
クラウスは、その一言で極度に緊張した面持ちになり、それを馬車から降りるゾフィーへ向けた。
「ゾ、ゾフィー。ほ、本当に『あの儀式』をやるのかい?」
彼は、『あの儀式』を間近で見たことがないので、珍しく動揺の色を隠しきれないでいた。
その言葉にゾフィーは、「何を今更」と軽く受け流し、微笑む顔でありながら眼だけは真剣に、きっぱりと言い切った。
「最初から私達は、この子らの潜在能力を確認するのが目的で、あなた達にくっついてここまで来たのよ。そして、それが帝国随一とわかった以上、決行するのは当然じゃない。それに……」
ゾフィーは、途中で足を止め、馬車の遙か後方の水平線を見やった。
今気づいたが、天蓋のように完全に空を覆う薄雲だが、彼女の向く方角だけが、まるで地平線に染み出た墨を吸っているかのように、下の方が黒く滲んで見える。
雨雲が追いかけてきて、一雨あるのだろうか?
とその時、肌寒くて湿った風がゾフィー達に向かってヒューと吹き、風の通り道にある草むらをざわつかせた。
唐突に吹き抜けた尋常ならざる一陣の風。
その一撫でだけでも人々を総毛立たせた。
ゾフィーは、クラウス達の方へ向き直り、足を速める。
「厄災が近づいているわ。急がないと」




