第278話 苦戦するトール
トールは、戦う千手観音のようなゲルダに向かって突進しながら、長剣に語りかける。
『連続攻撃に力を貸して! できるよね!?』
『御意』
柄をがっしりと握る彼の右手に、長剣のゾクゾクッとする気迫が流れ込む。
ここで武器と身体の一体感を得て、全身に力が漲る――
はずだった。
だが、力むだけで、体は素のまま。
いつもと感覚が違う。これは、おかしい。なぜだ!?
そうだ。林の中で兵士に呼ばれてから、今の今まで強化魔法も防御魔法も発動していなかった。
森の中で敵が近づいてきた時も、大木の陰に身を隠すため、全身が光り輝く行動を封印していたではないか。
何という失態!
強化魔法がない、つまり、身のこなしは生身の時と同じ。
さらに、ここで魔法が使われたら――。防御魔法がなければ、魔力をまともに食らってしまう。
だが、突進する生身の体は、勢いが付いて止まらない。引き返せない。
十本の腕で武器を構える相手に向かって、ひたすら一直線。
これはまずい! 激ヤバだ!
トールは青ざめ、急にためらいが体を支配する。
その躊躇は、ゲルダに直ぐさま見抜かれた。
それでも彼は、長剣を振り下ろす。ためらいを見抜かれないために。
しかし、ゲルダは、そんな彼のなまっちょろい剣を、自分の一番長い剣の一振りで、簡単に跳ね返した。
同時に、彼女は右手に持つ槍を突き出した。
それが彼の左脇腹に襲いかかる。
だが、彼女は気づく。突き刺した感触が軽い。服に穴を開けた程度かと。
そこで、いったん槍を引く。
今度は、相手の腹の中心へ、手応えを求める。
だが、失敗の挽回に焦り、距離が不十分。
彼は体を折るようにして、鋭い穂先の突きを防ぎ、二歩後退する。
その瞬間、彼を襲う左脇腹の激痛。
服に穴を開けた槍の穂が、実は、肉にまで達していたのだ。
彼は痛みを堪えつつ、長剣で袈裟懸けに斬りつける。
だが、彼女の剣と斧は、彼の思い描く勝利の図をも切り裂く。
同時に、また槍が突き出される。
彼は痛みで悲鳴が上がる体を、思いっきりねじって避ける。
これでは、剣、斧、槍の三人がかりで、一斉に正面から攻撃されている状態だ。
彼の横では、金属音が連続し、摩擦による火花が飛び散る。
ヴァルトシュタインが、ヴィルヘルミナや兵士達と、交互に剣を交えているのだ。
奴は大勢に取り囲まれていても、剣を振る瞬間は1対1。
それより不利に思えた彼は、自分自身が恨めしい。
「よそ見すんじゃねえ!」
ゲルダの怒鳴り声にハッとなったトールは、胸へ突き出された槍を精一杯に避ける。
だが、二段突きに遭い、槍の穂先が胸の肉まで達した。
そうか。槍か。
剣の次は、槍が来る。
ということは――。
トールはゲルダの攻撃パターンを見抜き、作戦を思いついた。
しかし、二箇所の傷口から脳へ伝わる激痛が、彼の運動神経を徐々に麻痺させる。
渾身の力を込めて相手の剣を折る勝利の図が、再度頭の中で復活するが、肝心の体が動かない。
「おら、おら! どうした、どうした!」
彼女は執拗に煽りながら、剣を、斧を振り回す。そして、槍。
それを防ぐ長剣の防御力が弱まっていく。気力が続かない。握力が衰える。
彼女の猛攻に、押されに押され、よろめく始末。
抜け出すことのできない一方的な防戦。
ついに彼は、バランスを崩して、大きな尻餅をついた。




