第277話 十本の腕を持つ女剣士
ヴィルヘルミナ一行は、トールを加えて前進を再開する。
現状で力の差を考えると、かなり優位な戦いのはずだが、周囲を警戒しながら慎重に歩みを進める。
徐々に空き地が見えてきた。
森の暗さと比べると、ここは夕暮れの空が見えていて、まだ明るい。
この空き地は、隠れ家を作るため、伐採してできた人工的なものだろう。
討伐隊は、腰をかがめるようにして近づく。
全員が空き地に足を踏み入れたその時、中心の空間がユラリと水紋のように揺れた。
彼らは、ギョッとして歩みを止める。
その数秒後、水紋をくぐり抜けるように黒いローブを纏った二人が出てきた。
一人は、巨体で、いかつい顔をした男。
一人は、ローブの横幅が広い女。
ヴァルトシュタインとゲルダである。
いきなりの四天王登場に、さすがのヴィルヘルミナも威勢のいい声が出なかった。
「おう。こっちから来てやったぜ。貴様が第7魔法分隊隊長ヴィルヘルミナ・グッゲンハイムだな。俺より背が高いのは、気にくわぬ。そしてその横は、何度も死に損なった、いや、あの天空の魔王の側近フックスシュタインからも逃げおおせたトール・ヴォルフ・ローテンシュタイン」
ヴァルトシュタインの威圧する声に、ヴィルヘルミナも負けじと威圧する。
「いかにも。エルフの兵士は全員尻尾を巻いて逃げたぞ。頼みの綱のフックスシュタインは、それに呆れて撤収した。話が違う、とな。今回の一件は、ジクムントが全て白状した。貴様が張本人だ、と」
「野郎! 俺を売ったな! 元はと言えば、奴がけしかけたこと。俺は、それに乗っかっただけ」
「言い訳は、牢屋の中で聞いてやる! さあ、投降しろ! 今なら罪は軽くなる!」
「やだね。ゲルダ、やれ」
「ちっ、このあたいが雑魚相手に、なんで戦わなきゃならねえのさ。人使い荒いぜ」
ゲルダは、つばを吐いた。
イライラが最高潮のヴァルトシュタインは、声を荒げる。
「いいから、やれ!!」
「あいよ」
ゲルダのローブが、バッと音を立てて宙を舞った。
現れた彼女の十本の腕には、大小の剣、斧、槍が握られている。
彼女は不気味な笑いを見せ、1本の剣を剣先からゆっくりと舐めながら言う。
「雑魚の血を吸わせるには惜しい剣だが、そのデカ物女と、黒髪黒目の珍しい男の血なら吸わせてもいいな」
トールは、「剣!」と叫んで、自慢の長剣を取り出した。
手の先の黄金色に輝く魔方陣からゆっくり出現する、1メートル半もある長剣。
それを見つめるゲルダは、口角をキューッとつり上げる。
「お前、いいの持ってんじゃん。あたいに譲ってくれない?」
トールは中段の構えになり、腹に力を入れて言い渡す。
「断る!」
「なら、やるってのかい? だったら、そっちから来なよ。男だろ」
「……」
「来いよ。お前、臆病者か??」
臆病者。
その言葉が耳の中でこだまするトール。
彼の頭に、ネリー・アンドレーエ情報相の眉をひそめる顔が浮かんだ。
絶世の美女になったロムとラムが、指で毛先をいじりながら、小馬鹿にして笑う顔も浮かんだ。
彼は、猛烈な怒りに震えた。
「挑発に乗るな!」
ヴィルヘルミナは、トールを左手で制した。
だが、彼は長剣を振り上げ、突進した後だった。




