第275話 深い森の闇
トールは、深い森の中で、仰向けに横たわっていた。
彼は、ヴィルヘルミナの横に立った直後から、ここに横たわるまでの記憶が飛んでいた。
眠ってしばらくして目を覚ましたのではない。目を開けたまま、一瞬に移動したようだ。
見上げる木々の枝は、風で揺れてこすれ合い、ザワザワと音を立てる。
雲が時々切れて、明るくなる。傾く真夏の太陽が顔を覗かせているようだ。
その光は、重なり合う葉の隙間から、地面に届けとばかり、遮る奴らに抵抗する。
おかげで、森は漆黒の闇にならずにすんだ。
彼は、上半身を起こして周囲を見渡す。
苔を衣にした太い木の幹が、建築物の円柱のように並んでいる。
その間を埋める低木は、多くの光を大木に奪われ、一生そのままの姿でいそうで、哀れを誘う。
落ち葉のベッドはジメジメして、枯れ葉特有の臭いが辺りに漂う。
彼がキョロキョロしていると、近くの低木の根元で黒い影が揺れた。
それは、ターコイズブルーと金色の目が光る黒猫。
この2つの色違いの目を持つのは、黒猫マックスだ。
「マックス!」
「シッ、声がでかい。誰か来る。そこの木の陰に隠れろ。音を立てるな」
黒猫マックスが小声で囁くと、近くの太い木の陰に素速く隠れた。トールも、黙って従った。
木の幹から顔を半分出して様子を見ていると、しばらくして、落ち葉を踏みつける複数の足音が近づいてきた。
七、八人、あるいはそれ以上の影が動いている。
「お頭。この辺りへ飛ばしたんでしょうね?」
「ああ。ヴァルトシュタインの隠れ家の前へ飛ばしたはず」
獣人と九尾の狐の声だ。
「お頭。確か、ヴァルトシュタインの隠れ家って、向こうに見える空き地じゃなかったですか?」
「そうか。空き地まで飛んだか」
すると、別の方角から声がする。
「ちょっと待て。獣の臭いがする」
ビクリとするトールと黒猫マックス。
幅広の刀身の剣を持つイノシシ顔の獣人が、鼻をクンクンさせながら、彼らが身を隠す大木へと近づいてきた。
黒猫マックスへ顔を向けるトール。首を左右に振る黒猫マックス。二人は見つめ合う。
ガサッ、ガサッ、ガサッ。落ち葉を踏む音がゆっくりと近づいてくる。
トールは、脂汗が滲んだ。
このまま飛び出して、烈風魔法で全員を吹き飛ばすか?
いや、結構、連中は散らばって立っていたようなので、1回じゃ無理だ!
さあ、どうする!?
とその時、左の方からガサガサと音を立てて、何かが走り去った。
「なんだ。ウサギみたいな奴だ」
「お頭。空き地の方へ行ってみましょう」
「そうだな」
彼らは、ゾロゾロと立ち去った。
トール達は、同時に安堵の胸をなで下ろす。
「で、マックス。これからどうすればいい」
「何もせんでもよい」
「え? ジッとしていろ、と?」
「時が全てを解決する」
「うーん。この腕が鳴るのに」
「おいおい。武器を持ったら試しに使いたくなる、どこぞの国のお偉いさんと一緒だな。今は、動いた小僧の負けだ」
「でも――」
「この俺を巻き沿いにした以上、言うことは聞いてもらうぞ」
「へいへい」
「返事は一つでよい」
「へーい」
「そこは伸ばすな」




