第273話 論駁する隊長と老獪な九尾の狐
ヴィルヘルミナ達は、茂みや木の陰から、草原で動く物を探した。
すると、100メートルほど向こうで九尾の狐を先頭に、武装した獣人が十人、こちらへゆっくり歩いて来るのが見えた。
第7魔法分隊と一戦を交えるには、人数が少ない。
ヴィルヘルミナは、相手と対等になるように兵士を十人連れて、林を出た。数が多いと臆病者と笑われたり、少ないと攻撃を受けたりするからだ。
向こうは、20メートルほど離れたところで止まり、九尾の狐と武装した獣人一人がさらに近づいてきた。
ヴィルヘルミナも途中で兵を停止させ、自分も兵士を一人連れて先に進んだ。
互いに10メートルの距離を置いて停止する。
しばしの沈黙の後、先に九尾の狐が口を開いた。
「我はフックスシュタイン。お前はヴィルヘルミナ・グッゲンハイムだな」
「いかにも」
「エルフを二人、掠ったようだな」
「掠ってなど、いない。少女を誘拐して人質に取った容疑で逮捕したのだ」
「あいつらは、人質を返しに来ただけの使者だ。罪など犯していない。今すぐ解放しろ」
「できぬ。人質を引き取りに来た使者を暗殺するため、偽の人質を紛れ込ませた罪を認めた。だから、解放なぞしない」
「自白を強要したのではないか?」
「人道的な我々が、そんな野蛮なことをするはずがない。自分から認めたのだぞ」
「それは嘘だ」
「奴が偽証しているというなら、誰がやったというのだ?」
「知らぬ」
「なら、なぜ嘘だとわかる?」
「うぬぬ……。そんな少人数で、あの森を攻め落とすのか? 無謀なことを」
「唐突に何を言う? 攻める? 誰が? 我々は人質の解放と首謀者の引き渡しを要求しに来ただけ。エルフは首謀者を白状したぞ。後は、そいつを逮捕するだけだ」
「エルフからは、第7魔法分隊とトールという男が森を攻める、と聞いている」
「それはエルフのでっち上げ。首謀者さえ逮捕すれば、我々は引き揚げる」
「また嘘を言うのか。森の入り口を爆弾と突風で破壊したのを見ているぞ。先に仕掛けたのはそちらだ」
「ほう。そこまで見ていたのだな? なら、その直前に、偽の人質が使者を背後から狙撃したのも、人形爆弾を偽の人質が投げつけたのも見ているはずだが?」
「ぬう……」
「奴の証言から、今回の首謀者はヴァルトシュタインと考えられる。そやつを、少女の拉致、ならびにトール・ヴォルフ・ローテンシュタインの殺人未遂、および不敬罪の容疑で引致する。彼は、立派な皇族だからな。このエルフの森はローテンシュタイン帝国の領地。帝国の刑法が適用されるのだ。さあ、我々の邪魔立てをするな。兵を引け」
「引かぬ、と言ったら?」
「その目的は何だ? 奴らの奪回なら、妨害行為と見なすぞ」
とその時、空から灰色の鳥のようなものが一匹舞い降りてきた。
姿が大きくなるにつれて、それは小型のドラゴンであることがわかった。
ドラゴンは、九尾の狐の近くに着地して「ヴァルトブルク村に、およそ二百の兵がいる」と低い声で告げた。
「ほほう。すぐ近くの村に二百も兵を待機させておるそうだな。容疑者一人を引っ捕らえるにしては、仰々しい。これはどういうことだ?」
「この広い森ではどこからでも逃走できるからな。そのくらいの数で取り囲まないと、逃げられる」
「違うであろう。森へ侵攻する手筈になっているのではないか?」
「エルフの『第7魔法分隊とトールという男が森を攻める』という嘘を、真に受けているな? 奴らを信用するな。さあ、我々はヴァルトシュタインを探しに行く。道を開けよ」
「嘘と言い張るなら、トールという男をここに呼べ」
「必要ない」
「嘘がばれるからか? 実は彼が今回の作戦を知っていて、うっかり口走るからか?」
「嘘などない」
「貴様の言葉は、信用できぬ。エルフ族だったら、必ず、証拠を目の前に持ってくるぞ。連れて来ないなら、今までの話は嘘偽りと見なすが、それでよいな?」
「なら、ここに連れて来よう」
その時、九尾の狐の口角がわずかにつり上がったのを、ヴィルヘルミナは見落とした。




