第263話 エルフの脅迫状
朝7時。
ヴィルヘルミナは、トールの部屋へ駆けつけ、ドアを何度かノックするも、返事がない。
彼女は「入るぞ」と言って勢いよくドアを開けると、正面のベッドの上で女性が二人、シーツにくるまっているのを発見した。
当のトールはと探すと、ベッドから落ちたのか、左下の床の上で腕を組んで転がったまま寝息を立てていた。
夜のうちに何があったのだろう?
彼女は一瞬頭に浮かんだ『英雄色を好む』の言葉を振り払った。
そして、詮索しない方がよかろう、と心に決めながら、彼のそばでしゃがみ込み、肩を揺すった。
驚いて目を覚ました彼が「おはようございます!」と大声を上げて立ち上がる。
その声に、イゾルデとイヴォンヌも飛び起きた。
三人の顔が、みるみるうちに真っ赤になっていく。
「いいから、今すぐ付いてこい。ちょうどいい、イゾルデもだ」
踵を返すヴィルヘルミナは、大股で部屋を出て行く。
トールとイゾルデは、彼女の背中を追った。
彼は、昨晩通った道の逆を行くのだろうと思い、自分の記憶力の確かさを試そうと思ったが、彼女は宿舎の階段をずんずんと上がっていく。
そして、2階の部屋に案内されて仰天した。
昨日の牢獄のような部屋と同じだったのだ。
今度は、正面にネリーが陣取り、その両脇に男を悩殺するほどの美女を従えていた。
右は青緑髪、左は赤紫髪。しかも豊かな胸まで届く長髪。
その髪の色以外は、着ている服や唇に指を触れる仕草まで、鏡で映したようにそっくりだ。
双子の美女の登場である。
トールとヴィルヘルミナが昨日と同じ席に座ると、イゾルデはトールの左に座った。
ところが、イゾルデの左の席が空いている。椅子が1つ増えているようだ。
すると、扉を開ける音がする。
ネリーが首を伸ばして「遅い!」と声を荒げると、アーデルハイトが「ごめんなさい!」と言いながら部屋へ飛び込んできた。
全員の注目を浴びた彼女は、最後の席へ滑り込むように着席する。
ネリーが全員を見渡すと、紙切れを丸テーブルの真ん中に放り投げ、「さて」と切り出した。
「エルフが人質を取って、文章で通告してきよった。第一に、エルフの森をローテンシュタイン帝国から独立させろ。第二に――」
ネリーがイゾルデの顔に視線を向ける。
「そこにいるイゾルデ・ヴァルハルシュタットを解放せよ。第三に――」
今度はトールへ視線を向ける。
「人質の受け取りにトール・ヴォルフ・ローテンシュタインを一人で派遣しろ。他に誰も同行させるな。今日の午後5時までに来い。さもないと――」
彼女は周囲を見渡す。
「人質五人全員を処刑する、とな」
トールとイゾルデは、腰が浮くほどドキッとした。
すると、青緑髪の美女がフンと鼻を鳴らして、赤紫髪の美女へ声を掛ける。
「ねえ、ラム。どう思う?」
「ロム姉さん。こっちが独立の条件を呑むはずがないことをわかっているのに、こんな脅迫状を送ってくる神経が理解できないわ。当然、目的は、そこにいる子しかあり得ない」
双子の声と、ロムとラムという名前から、昨日の双子の少女が化けていると気づいたトールは、二人が食い入るように自分を見ているのでドギマギした。
「え? 僕が目的!?」
「「そうよ」」
ロムとラムは、ハモった。
ネリーは、「そこで理解していない子に説明してやりな、グッゲンハイム隊長」と言いつつ、ヴィルヘルミナではなくトールを見て失笑した。
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているトールを横目で見たヴィルヘルミナは、軽く咳払いをして口を開いた。
「エルフの森の独立は、連中の百年来の悲願だが、そのために何度も蜂起して討伐されている。帝国は譲歩するつもりは一切ないと、骨身にしみているはず。それなのに今更、五人の人質で譲歩するか?と言うこと。
イゾルデの返還については、こちらは拘束したつもりはないので言いがかりだ。目的は、彼女の魔力を戦力として利用したいからだろう。
それは理解できるが、人質の命と引き換えにするほどのことか?と思うと、真の目的は、消去法で第三となる」
「僕が行かないと、人質が処刑されるんですよね?」
「文章上はそうだ」
「じゃあ、助けに行かないと」
「おいおい。連中が人質を解放すると思うのか? 真の目的は、第三、つまり、君なのだよ」
「僕?」
ヴィルヘルミナは、首を左右に振って、やはりわかっていないという顔をする。
「気づかないか?」
「わかりません」
「君をおびき出すこと」
「??」
「人質の受け取りなんか、兵隊で十分。なのに君を指名している。そこに気づいて欲しいな」
「……」
「相当鈍いな。いいかい? 連中は、この脅迫状を読めば君がきっと助けに来るはずだ、と考えた。世界最強で正義感溢れる君を、こんな小細工でおびき出そうとしているのだよ」




