第262話 悪夢と幻聴
ロムとラムの報告が終わると、エルフ討伐の作戦会議が始まったが、さしたる結論も出ずに会議は終了となった。
任務を終えたから遊びに行く、と無邪気にはしゃぐ二人は、ジト目のネリーと一緒に煙のように消えた。
ヴィルヘルミナは、トールに「明日の朝、作戦会議の続きを行う。では、解散」と告げると、さっさと部屋を出て行った。
アーデルハイトと今度こそ二人きりで話をしたかったトールは、用があるという彼女に振られて、しょげた顔を下げて部屋の外へ出た。
そこに、彼を待ち構えていた若い女の衛兵が近づいてきた。
宿舎へ案内するという彼女の足下を見ながら、彼は囚人のようにうなだれ、とぼとぼと付いていった。
また迷路のような廊下を抜け、地下に潜り、長い地下通路を渡って地上に出たと思ったら、そこも豪華な内装の廊下だった。
宿舎と聞いてフランク帝国の旅館のような質素な部屋を想像していた彼は、スイートルームのような豪華で広い部屋を割り当てられ、驚嘆した。
三人は楽に寝転がることができるベッドへ、仰向けになって身を投げると、意外に低反発。
神話の場面のような天井画が目に飛び込む。
その絵画を子細に見ていると、ふくよかな美女がこっちを見ているようで、落ち着かない。
目を背けると、今度は花柄や幾何学模様の壁紙が色彩豊かで、目がチカチカする。
仕方なく真っ白なシーツに視線を向けると、密偵のロムとラムの顔が浮かんできた。
シーツがスクリーンとなって、魔界の群雄割拠の混乱や、エルフ族の蜂起の場面が見えてくる。もちろん、空想に過ぎないことは彼もわかっている。
さらに、明日の作戦会議まで気になって目が冴える。
ヴィルヘルミナ隊長やアーデルハイト先輩の足手まといにならないだろうか。
あれやこれや考えていると、神経が高ぶって、眠れない。
彼は目を閉じ、何も考えず、ひたすら心を落ち着かせようとする。
これが成功し、彼は、いつしか眠りこけてしまった。
◆◆◆
トールは、夢と現実の区別が付かなくなっていた。
それほど鮮明な映像が、目の前で展開されている。
そこは森の入り口だった。
エルフが少女を人質に取ったと聞いて、奪回のため、単身ここへやってきたのだ。
ざわめく木々は、彼を嘲笑するかのようだ。
エルフは、イゾルデを連れてくれば人質を解放する、と通告してきた。
すると、いつの間にか横にイゾルデが現れて、彼女は「私が役に立つのなら」と自ら進んで森へ入っていく。
彼は、右手を差し出したが、頭の中では響いている制止の声が、なぜか喉から出てこなかった。
しかし、人質は解放されなかった。
今度は奴らが、トールが森の中に入るならイゾルデと人質の二人を解放する、と通告してきた。
これは罠だ、と思った彼は、要求に応じない。
すると、彼の前に二匹のロバが、重そうに棺を引きずってやってきた。
蓋のない2つの棺には、イゾルデと少女の人質が、首を切断され、変わり果てた姿になって押し込まれていた。
◆◆◆
彼は、「ウワーッ!」と叫んで、腰が宙に浮くほど勢いよく飛び起きた。
低反発の揺れの記憶から、ベッドの上にいる、と彼は気づいた。
あまりにリアルだったため、夢から覚めたというより、別の空間からこの部屋へ飛び込んだような錯覚を起こしたほどだ。
額から首から胸まで汗びっしょりである。
まだ心臓が早鐘を打つ。
息が荒く、声帯まで震え、あえぎが声になる。
彼は少し落ち着いてからベッドを降り、窓辺まで歩いて行って、外を覗いた。
先ほど見た惨劇が嘘のような美しい星空。
ということは、まだ夜中だ。
振り返って近くにあったテーブルに目を向けると、パンと、ローストされた肉の塊と、果物が皿に並べられている。
おそらく、あれから食事の時間になったが、眠りこけて起きて来なかったから、誰かが置いていったのだろう。
皿の上のものをボーッと見ていると急に空腹を思い出したので、彼は椅子へドカッと腰を下ろした。
冷え切った食べ物は、風味もどこかに飛んで行ってしまったようだが、それでもお構いなく、彼は口の中へ次々と放り込んだ。
すると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
ためらうような叩き方だったが、それでも、咀嚼する音しか聞こえないトールにとって、十分な音だった。
びっくりした彼は、パンが喉につかえたので、胸を叩きながら「どうぞ」と言う。
ドアが開いて、誰かがゆっくり顔を覗かせた。
夢の中で棺に押し込まれていたイゾルデだ。
彼はたちまちに、幽霊に遭遇したような顔になり、「ウワーッ!」と叫んで椅子から立ち上がる。
首がつながってゆっくり部屋へ入ってきたイゾルデ。幽体離脱したのか。
彼の混乱は収まらない。
その後ろから、イヴォンヌも入ってきた。
ようやく彼は、現実に引き戻される。
「ごめんなさい、驚かせて」
イゾルデは、申し訳なさそうに詫びを入れた。
「怖くて眠れないんだって」
イヴォンヌがイゾルデの両肩に手を添えて言葉を継いだ。
トールは、『僕もだよ』という言葉を飲み込む。
そして、弱気を見せないようにと無理に落ち着き払い、「どうしたの?」と声を掛けた。
イゾルデは、「マティアスが私を呼んでいる」と言って、自分を抱きしめるようなポーズを取り、端から見えるくらい震え始めた。
「マティアスって誰?」
「エルフ四天王の一人、ガイガーの部下で、幻聴を操る男。声がすると言うことは、近くにいるような気がする」
「もし、差し支えなければ、なんて言っているのか教えてくれる?」
「『人質を解放して欲しければ、森へ来い』って。そして……」
「そして?」
「『来ないなら、30分に一人ずつ殺す』と」
二人が同時に人質の夢を見た。
偶然にしては、何かおかしい。
トールはもう一度、窓の外を覗いた。
暗闇しか見えなかったが、近くにマティアスとかいう術者がいるのかも知れない。
「よかったら、三人ここで夜を明かそうか?」
トールの提案に、イゾルデもイヴォンヌも頷いた。




