第260話 双子の幽霊
トールは、ヴィルヘルミナとアーデルハイトと一緒に、宮殿の正面の扉から入った。
ところが、マリー=ルイーゼ達五人と黒猫マックスは、第7魔法分隊隊員四人に連れられて、宮殿へ入らずに右側の道を歩いて行く。
てっきり彼女達が自分の後ろを付いてくると思っていた彼は、ヴィルヘルミナに理由を尋ねると、「安全な宿舎で待機してもらう」と端的な答えが返ってきた。
彼は、その理由は二の次で、本当は、自分だけに極秘の情報を伝えるから遠ざけたのだろう、と推測した。
宮殿の中は、さすが豪華絢爛たる作りになっていて、周囲を子細に見て歩いていては、誰でもカタツムリの歩みになりそうだ。
トールは、初めて見る天井画、壁に掛かる大きな絵画、等身大の彫刻から、柱の細かな装飾にまで目を奪われたが、まともに鑑賞することができなかった。
ヴィルヘルミナが大股で歩くので、置いてきぼりを食らうからだ。
それにしても、なかなか目的地にたどり着かない。
絨毯が敷き詰められた廊下を右に左に曲がるのだが、二度と同じように歩けないだろうと思うほど。
どこまで連れて行かれるのだろうと心配が極限に達する頃、ようやくヴィルヘルミナが立ち止まった。
彼女の前には、宮殿に似つかわしくない、質素で小さな扉がある。
前屈みになって扉を開ける彼女の背中を見て、トールは『やっと迷路から解放される』と胸をなで下ろした。
なお、三人が扉の中へ吸い込まれると、その扉が消えて壁だけになったことには誰も気づいていない。
薄暗い部屋の真ん中には、丸テーブルと椅子が6つだけ。
部屋の四隅にある壁掛けのランプの炎が、怪しく揺らめく。
周囲の壁は、灰色の石を積み上げてできている。
豪華な宮殿の中にあるとは思えないほどの、殺風景で、キンキンに冷えた部屋。
トールは、こんな牢獄の中で会議でも行うのか、といぶかしがる。
彼は、入り口に一番近い側の座席に腰掛けた。
その右にヴィルヘルミナ、左にアーデルハイトが着席する。
とその時、ヴィルヘルミナの右隣の椅子がガタガタと揺れて、テーブルの下から少女の頭がヌッと現れた。
トールは、幽霊と思い、息を飲んで、思わず椅子から立ち上がった。
すると、少女はすぐに頭を引っ込める。
間髪入れずに、アーデルハイトの左隣の椅子がガタガタと揺れて、こちらもテーブルの下から全く同じ少女の頭がニューッと現れた。
瞬時にテーブルの下を移動したのだろうか? その割には、移動が早すぎる。
トールが混乱していると、正面の空席にボーッと橙色の人影が現れて「こら! お前達!」と叱責した。
その甲高い声が、部屋中に鳴り響く。
仰天したトールは、後ずさりして椅子ごとひっくり返ってしまった。
「「キャハハハハハハハハハハ!」」
サラウンドスピーカーのように、トールの両側で少女の笑い声が聞こえる。
ヴィルヘルミナは、尻餅をついた彼を見下ろして「これでは英雄も形無しだな」と笑った。
アーデルハイトも「だから、びっくりしないでね、って言ったでしょ?」と笑いながら手を差し伸べた。




