第259話 魔王からの難題
トール達が宮殿に到着した頃、天空の魔王の結果を早く知りたいヴァルトシュタインはゲルダを連れて、指定時間より早く魔王の宮殿へ入った。
しかし、時間が早すぎるとの理由で、謁見の間には入れてもらえず、別室で待機させられた。
そこで待たされること一時間。
ヴァルトシュタインにとっては、丸一日のように長く感じる時間だった。
やっと許可が出て謁見の間に入ると、いつものように魔王の姿はなく、無人の玉座の左に九尾の狐、右に鷲の頭を持つ獅子は、これまたいつもの布陣。
ヴァルトシュタインは、今日こそどこから声が出ているのか、見極めてやろうと臨んだ。
二人が部屋の真ん中で左膝を床につけると、早くも魔王の方から話し始めた。
「結論が出たので伝える」
ヴァルトシュタインは頭を垂れながらも、目だけキョロキョロと動かした。
しかし、周囲に人影はなく、やはり玉座から聞こえてくる。
「結論は、当初の予定通り、お前達を支援する」
「ありがたき幸せ」
「ただし、当初と情勢が変わったので、新たな条件をつける」
「それは、いかなる条件でしょうか?」
「魔王なき後の彼の地を手中に収めるため、先にお前達の支援を得たい」
「と申しますと?」
「言葉通りじゃ。援軍は五百ほど出せるであろう? そして、彼の地を手中に収めた後、わしを狙う奴もろともローテンシュタイン帝国を叩く」
「お待ちください。先にローテンシュタイン帝国を叩いては――」
「情勢が変わったと申したはず。彼の地を魔界の他の奴らに取られては、今度はわしの領地が挟撃される。なので、彼の地とわしの領地を一つにする必要がある。一刻も猶予はない。他の奴らが狙っているという情報もすでにあるからのう」
「それは――」
「いやと申すか? なら、支援の話を白紙にするまで。魔界のバランスこそ最優先。安全を確保してからの支援だ。なので、人間どもの境界線争いなど、二の次は当然。全権を委ねられているはずだから、今すぐここで決断せよ」
「……」
「五百を出してもらわぬと困る。戦況が長引く。一気に片をつけるには、その数が必要なのだ。わしとて、兵力は有り余ってはおらぬ」
「……」
ヴァルトシュタインは、言葉に詰まった。
全権を委ねられているのは事実だが、彼には荷が重すぎた。
隣国のフランク帝国側にいる魔物の残党狩りに、エルフ族から五百人を出せという。
元々、戦闘要員は七百人程度なので、大半を出すことになる。
それだけの数を一気に越境させるのは、至難の業だ。
仮に成功したとしても、平定までにどれだけ時間が掛かるかわからない。
そんな中、彼は、ローテンシュタイン帝国の第7魔法分隊を主力とする精鋭部隊がエルフ族の討伐に動き出すという情報を得ていた。
魔界の支援を得るために援軍を出して、その間に手薄になった本拠地が叩かれる可能性がある。
「どうした? わしは回答したぞ。返事を待っているのに、黙っていては話にならぬが」
「お、お待ちください……」
見えない魔王に決断を迫られ、逡巡する時間もないヴァルトシュタインは、脂汗がにじみ出てきた。
「待てと言われても待てぬが」
追い詰められたヴァルトシュタインは、こうなったら話をでっち上げるしかない、と決心する。
「実は、……ローテンシュタイン帝国最強と呼び名の高い第7魔法分隊と例の少年が手を組んで、魔界を攻めるという情報が入っております」
もちろん、第7魔法分隊の攻める先はエルフの森。
それを魔界にすり替えた。
正直に事情を言えば良かったのだが、魔界の安定を最優先する魔王は、聞く耳を持たないだろうと彼は考えたのだ。
「攻めるのは、いつだと申す?」
「……準備が整い次第」
「ほほう。わしが領地を広げている隙に攻め込むと」
「御意にございます」
「その情報は確かなのか?」
ヴァルトシュタインは、心臓が口から飛び出しそうになる。
「……確かでございます」
「ふむ。……では、明日一日待とう。明日攻めてこないなら、彼の地の平定のために援軍を五百出せ。出せぬなら、支援の約束は、お前達の方から反故にしたとみなす。よいな?」
「…………委細承知――」
「よろしい。下がれ」
「…………」
震えるヴァルトシュタインは、頭の中が急速に回転して目が回る思いだった。
ここで彼は、とんでもないことを考える。
でっち上げた話を本当かのように見せる必要がある。
それには、第7魔法分隊と例の少年を、エルフの森ではなく、天空の魔王の宮殿へ攻め込ませるのだ。
期限は、明日。
ヴァルトシュタインは、脂汗が滲んだ。
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