第246話 トール達の帰還
魔王討伐が完了して翌日の昼下がり。
朝は雲が多くて涼しかったが、昼が近づくにつれて晴れ渡る天気となり、気温がぐんぐんと上昇した。
人々は期待を裏切られ、青い空を恨めしそうに眺めつつ、また熱い一日になることを実感する。
そんな中、フランク帝国から来た1台の幌付きの四頭立て馬車が、ローテンシュタイン帝国の国境を越えた。
荷台には三方向に長椅子の座席がある。
そこには、進行方向に向かって右の奥からトール、イヴォンヌ、シャルロッテが座り、左の奥からはマリー=ルイーゼ、ヒルデガルト、イゾルデが座っている。
黒猫マックスは、すっかりお気に入りとなっている場所、トールの膝の上だ。
彼らの頭の中では、ガルネで見送ってくれたジャクリーヌ達の名残惜しそうな顔、ハンカチを振る町の人々の顔が、繰り返し再生する動画のように映っていた。
イヴォンヌは、白ファミーユが全員死んだので身寄りがなくなり、ジャクリーヌの親類が引き取ることで、イヴォンヌ・サン=ジュール・ピカールと名乗ることになった。
問題は、イゾルデだ。
もうエルフ族の住むグリューネヴァルトへは戻らないと決めていた彼女は、身寄りがいなかった。
なぜなら、彼女の名付け親は、エルフ族のジクムント。
そのジクムントの報復が怖いため、今まで誰も進んで手を差し伸べなかったのだ。
トールは、イヴォンヌが新しい身寄りを得たのを機会に、ハンス・メビウスの親類を紹介してもらおうと考えていた。
しんみりとした空気が長く続いていたので、気分を変えようと、トールがこれからの冒険について詳細を語り始めた。
彼は、出立の際に、彼女達へはアーデルハイトの手紙の内容を正確に伝えていなかった。
エルフの名称を出すとイゾルデが傷つくと、気を遣ったのもある。
しかし、いつまでも隠しているわけにもいかないので、国境を越えたところで伝えておこうとしたのである。
トールは御者に聞かれないように小声で話し始めた。
彼女達が、トールの口に耳を近づける。
「今度の冒険も、忙しくなるよ。実は、アーデルハイトさんに呼ばれたのは、ネズミが噂していたからなんだ。耳長族が大収穫祭の準備を始めていて、竜が神輿に乗るらしい。だから、鳩と一緒に、古き我が家へ足を向けろと」
トールの口から出てきた符牒に、それらの意味を魔法学校で習っていた彼女達は青くなった。
特に、イゾルデは雷に打たれたようなショックを受け、のけぞった。
とその時、黒猫マックスが総毛立ち、大声を上げる。
「ヤバい! 全員床に伏せろ! これから襲撃される!」
トール達は、足下に荷物があるので、全員は床に伏せることはできず、ある者は荷物の隙間へ器用に体を埋め、ある者は座席に横たえた。
黒猫マックスの予知は何分先かはわからないが、起こると言うと本当に起こる。
彼らは固唾をのんで、ジッと襲撃に備えていた。
すると、2分くらいしただろうか、馬車がピタリと停止した。
御者がしきりに鞭を入れる音がする。
「おい、こら! 動かんか! 石みたいに止まりやがって!」
トール達は、御者の言葉から、襲撃が始まると察した。
すると、案の定、鞭を入れる御者が「わわわっ!」と驚く声を上げて、左方向へ飛び降りる音がした。
来る!
全員に緊張が走った。




