第230話 足下に埋まる永遠の宮殿
「ジャクリーヌ・ピカール。またお前に会うとはな。四年前に、お前は恐怖におののき、尻尾を巻いて逃げたが、その際に落とした物でも拾いに来たか?」
魔王の低い声は、部屋中の空気と聞く者の全身を震わせる。
巨大なウーファーを通じて鳴り響いているかのようだ。
ジャクリーヌは、相手をキッと睨んで仁王立ちになり、胸を反らす。
「黙れ! 今日こそ、貴様を倒す!」
「その薄っぺらい剣でか? わしの右腕に、傷一つ付けなかったではないか? また折れるぞ」
「フランク帝国最高の武器職人が鍛え上げた今度の剣は、絶対に折れぬ!」
「物事に『絶対』はない。それに、昔と違って、わしは戦いを好まぬ。まあ、平和的な話し合いをしようではないか。……それはそうと、乱暴者の小僧がわしの大切な部屋へ汚い土足で上がり込み、よくもまあ、穴を開けおって。先にそれを直さないとな」
魔王は左手をヌッと伸ばし、丸太のように太い人差し指を、くいくいっと曲げ伸ばしした。
すると、メキメキと音を立てて、陥没していた黄金の床がひとりでに下から持ち上がっていく。
たちまち、床が元通りになった。
「今更、話し合いだと!? 平和的に!? 笑わせるな! 問答無益だ! 覚悟しろ!」
「血気に逸る者、命短し。悪いことは言わん。矛を収めよ」
「邪知暴虐の貴様には言われたくない! 今度こそ、首を刎ねてやる!」
「話し合いも拒否か。わしが下手に出れば、いい気になりおって。これでは話にならん。……仕方あるまい。手始めに、お前の建物を破壊してやる」
魔王は、顎をなでていた右手を高く上げた。
すると、突然、地震に襲われたような揺れが始まった。
「脅しには屈せぬ!」
「もう遅い。今、この部屋を含む宮殿全体が、地下から地上へ向かって動いている。魔界の永遠の宮殿が、地上に姿を現すのだ。ところで、この真上に何があると思う?」
「今まで歩いてきた距離と方向から判断して、墓場の外にある空き地だろう」
「ふふん。騙されおって。あの扉からここまでは、時空が曲がっておってな。といっても、ルテティアとヴェルサイユへの抜け道ほど曲がってはおらぬが」
「なら、この上に何があると言う!?」
「お前の建物だ」
「??」
「聞こえぬか? お前がわしとの戦いに完敗し、悔しさのあまり、壁に穴を開けた酒場。それが、この真上にあるのだ」
「いつの間に!?」
「お前が酒場を買い取ってすぐ、わしは酒場の地下にこの宮殿を作ったのだ。お前は四年間、わしの宮殿の真上で生活していたというわけだ。灯台もと暗しだな」
「……」
「愉快愉快! お前のその顔で、酒がいくらでも飲めるぞ! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
魔王は、腹の底から呵々大笑した。
笑い声に混じって、部屋の上でボコボコと何かが割れるような音がする。
続いて、ガラガラと何かが崩れるような音が降ってくる。
ジャクリーヌの魔法組合の建物は、ガルネの中心街にある。
崩れる音を立てたのは、その一帯の建築物だろう。
永遠の宮殿は、ガルネのど真ん中に出現したのだ。




