第229話 魔王出現
その場にいた誰もが、白ファミーユの真実を知り、愕然となった。
そして、筆舌を超越する哀切な思いに包まれた。
魔王討伐を依頼した相手が急に敵のように振る舞ったのは、よく考えてみれば、おかしな話。
なぜ、気づけなかったのか?
魔王の肩を持つ発言をし、こちらを魔法で攻撃してくるので、ただただ憎き敵を叩く、という怒りの感情に突き上げられ、応戦してしまった。
皆は、今日起こった味方との一連の戦いを思い返し、心をさらに痛めた。
だが、トールだけは、最後のフランソアとの戦いを振り返ったものの、それ以上の後悔をやめてしまった。
正気に戻ったのだ。
そして、気づく。
最後まで計算し尽くされた手口だ、と。
このままでは、魔王の思い通りに心が操られる。
『後悔せよ? ふざけるな! そうやって戦意を喪失させるのが、貴様の目的だ!』
トールは、頭の中で力強く反論する。
そして、攻撃に備えて、長剣に魔力の蓄積を開始した。
『ほほう。味方を手に掛けても平気な奴とは、恐れ入る。おい、皆の者。ここにとんでもない奴がおるぞ』
『そうやって仲間の離反を誘う手口は、見え透いている! 我ら討伐隊は、白ファミーユの敵を討つ! 覚悟しろ!』
『あな恐ろしや。小僧。お前は、慈悲の欠片もない、冷酷な悪魔の心の持ち主ぞ』
『極悪非道の罪業を重ねる、魔界の首領め! 塵となれ!』
トールは、長剣を高く振り上げた。
白いドラゴンへ、剣圧による衝撃波をぶつかるためだ。
ところが、突然、ドラゴンが光の玉に包まれてしまう。
目の前に太陽が落ちたような明るさと、溶鉱炉のような熱気に、全員が壁際まで退却した。
その光の玉は、瞬時に玉座の上へ移動する。
すると、その玉がみるみるうちに大きくなり、13メートル以上もの大きな玉座を包み込んだ。
トール達は、薄目も開けていられないほどの輝きに、眼底が焼け焦げそうになる。
手のひらで隠しても、皮膚から透けて見えそうだ。
なので、腕でこの強烈な光を隠さざるを得なくなる。
やがて、光が消えた。
トール達は、恐る恐る腕を降ろした。
だが、その腕は、口の付近で止まった。
恐怖のあまり、眼球が飛び出る。
なぜなら、玉座の一番上の位置を超えて、巨大な野獣の顔があったのだ。
頭の上まで15メートルは優にあるだろう。
猛牛のような角。
ドラゴン、イノシシ、オオカミの特徴が混ざったような、醜く、どす黒い顔。
額にターコイズブルーに輝く菱形の宝石。
金色の眼。縦長の瞳孔。
口元で突き出る長い牙。
顔を覆う、黒に近い褐色の長い毛。
顎に触れる右手へ目を転じると、黒褐色の長い毛に覆われた手の甲。
指は獣のそれではなく、人間のように五本の指を持つ。
その、どす黒く太い指がゆっくりと動き、顎をなでる。
動きに合わせ、大きく婉曲する鉤爪が、黄金の光を反射する。
右手の肘は、曲げた右膝頭の上。
その右足の先は、左大腿部の上。
いわゆる半跏趺坐の姿勢。
クロエ・ドゥ・ラプラスが幻影魔法で見せた偽トールの姿勢は、これを模したのだろう。
野獣は、黒に見える紺色、いわゆる『勝ち色』のマントを纏い、贅を尽くした装飾と金の刺繍を施した服で身を包む。
異世界の全ての王が最高の衣装を披露したとしても、これほど豪華なものは二つとあるまい。
装飾品の中で、一番目に付くのは、ネックレス。
下部に、左から紅、金、碧の3つの光る玉がついている。
そこから、痛みを感じるほど、強力な魔力が放出されている。
この野獣こそ、魔王の真の姿。
その全身をくまなく視線で追ったトール達は、縦長の瞳孔の奥にある漆黒の闇から発せられた視線で、体の芯まで射貫かれる感じがした。
何という威圧感。
目を合わせるだけで、窒息しそうになる。
この沈黙を最初に破ったのは、魔王だった。




