第220話 奇妙な水族館
廊下にこだまする轟音が消える頃、アンリとマルセルが、破れた扉の向こうまで偵察に行った。
戻ってきた彼らは、エミールが消えていることと、向こうの部屋に奇妙な物体が泳ぐ水槽があることを報告した。
ジャクリーヌは、トールに剣圧で後ろの壁を壊すことを指示した後、水槽があるという部屋へ入っていった。
そこは、奇妙な水族館の様相を呈していた。
薄暗い部屋の両脇の全面が水槽。
餌をやるための空間の確保からか、天井から1メートルくらい、水槽の高さが低くなっている。
水槽の底には、間接照明が光っている。
部屋が暗いのは、水槽の中を映し出すためだろう。
ボウッと光る間接照明に映し出されたのは、泳ぐ物体。
そう。物体。
アンリとマルセルが、なぜ魚とか魔獣とか言わなかったのか、その理由は一目瞭然。
泳いでいるのは、三角定規、コンパス、ホチキス、指し棒、鍵、……。
三角定規は、熱帯魚のように揺れながら水中を移動する。
コンパスは、ローリングしながら、イカのように前へ進む。
ホチキスは、上下にパクパクと動きながら、貝が泳いでいるかのよう。
指し棒が、伸び縮みしながら前へ進む。
そして、鍵は、これが一番目を奪われるのだが、鰯の大群のように密集して、銀色に輝く塊をいろいろ変形させながら遊泳する。
ジャクリーヌの後を付いてきた一行も、その不可思議な光景に目が釘付けになった。
この奇妙な水族館の持ち主は、魔王なのだろう。
だが、それにしても、どぎつくて奇抜な色で奇天烈な形の魚が泳いでいるより、こちらの方が見ていて気持ちが悪い。
視線を水槽から正面の壁へ転じると、簡素な扉が一つ見えた。
謁見の間の扉にしては、貧相だ。
その扉は、ドアノブと鍵穴がある。
ジャクリーヌは扉に近づき、ドアノブを回そうとしたが、ビクともしない。
「どうやら、ガロアが持って逃げた鍵をこの穴に差すらしいな。トール、面倒だから、この扉をその剣で壊せるか?」
彼女の質問に、トールは軽く頷いて扉の前に立ち、長剣を振りかぶった。
そして、思いっきり振り下ろしたのだが、突然、扉に魔方陣が出現し、彼の長剣を弾いた。
魔方陣は、役目を終えると煙のように消えてしまう。
何度やっても、力を込めても、この出現しては消える魔方陣に防がれる。
彼は、渾身の力を込めた拳で扉を叩いてみた。
しかし、これも、またもや出現した魔方陣が防ぐので、壊すことができない。
ジャクリーヌは、持っていた剣で扉を指し示す。
「いよいよ、この扉の向こうに魔王がいるな。ここまで自分で防御する扉に遭遇したのは、四年ぶりだ。確か、あの時も、こんな扉を相手に苦戦して、やっとの思いで開けて突入した記憶がある」
アンリが、彼女の言葉に補足する。
「あれは、ガロアが鍵を苦心惨憺して探してきたんで、助かったんでさあ。あんちきしょう、今度は鍵を隠しやがったから、先に進めねえ!」
とその時、ヒルデガルトが鰯の大群のような鍵の群れを指さしてボソッと言う。
「鍵なら、そこにある」
「え、え、え!? お嬢ちゃん! 今、何と!?」
アンリは、驚く顔を彼女と鍵の群れへ交互に向けた。




