第22話 冒険者の顔をした略奪者達
クラウスは、馬車のガラス窓を急いで下に押し上げ、険しい顔を出した。
首を後ろ向きに曲げて、馬車の前方の様子を伺うが、そこには草原が広がっているだけでよくわからない。
そこで、御者が座っている辺りの、斜め上方向に向かって大声を出す。
「どうした!?」
御者は声がした方向を見下ろし、低い声でクラウスだけに聞こえるように答える。
「冒険者が向こうで両手を押っ広げて、道を塞いでしまったんでさぁ」
追いはぎか!?
クラウスはハヤテを、メビウスはカリンを元の位置に戻して座らせた。
黒猫は、目を丸くしてハヤテの膝の上に飛び乗り、耳をクイクイッと動かして窓の外を見やる。
クラウスは黒猫に手を振って、「さあ、君ならどうする?」と質問する。
黒猫は、クラウスに目線を合わせて首を傾け、「ニャー」と答えた。
意味が通じたのだろうか?
クラウスは、口を閉じたままニッと笑う。
「わかるよ、君の言いたいこと。お互い、言葉が通じなくて残念だよね。こういうときこそ、君の知恵を借りたかったんだけどね」
クラウスは、最悪の事態を頭に描き、取るべき行動を検討した。
そうして、馬車の扉を開けて左足を外に投げ出す。
とその時、急に右肩を捕まれた。
そのおかげで、彼の足は滑稽にもぶらんと外に飛び出た形になった。
彼は後ろを振り向き、首を左右に振っているメビウスに食って掛かる。
「何をするんですか!?」
「いいから。わしが話をつける」
「メビウスさんお一人では、無理です。盗賊ですよ、きっと!」
「大丈夫、大丈夫」
「いいえ、もしものことがあったら!」
「それはわしの台詞だ。君を失うことは、帝国魔法学校の損失でもある」
「私は非常勤講師で薬草学を教えているだけですから、それほど損失はないと思いますが。むしろ所長であるメビウスさんが――」
「わかったわかった。では、二人仲良くご挨拶といこうではないか」
「その手は何ですか? 手はつなぎませんよ」
「ほーほっほっほ」
それから、馬車の扉が目一杯開かれ、クラウスが草むらへ飛び降り、膝をクッションにして体操選手のように華麗に着地を決めた。
メビウスは、さすがに若者の模範演技は真似せず、ゆっくり降りて、威厳を保ちつつ仁王立ちする。
二人の視線の先は、40メートルくらい向こうから、道に沿って馬車へ向かってくる五人の集団。
メビウスもクラウスも、目を細めて集団の一人一人を上から下までジーッと見つめている。
集団が30メートルの距離に近づいたとき、二人はほぼ同時に普通の空き具合の目になった。
「中央の剣闘士みたいにごついのが、リーダー格だな」
「幅の広い剣を持った剣士のようです。奴の両脇は、短剣使いと槍使いですね。貧弱な体格のにわか戦士と思われます」
「そいつらの両脇は、黒頭巾に黒いマントに黒いローブという、いかにもな服装の魔法使いだな。二人とも強力な魔力を持っておるぞ。他の連中は魔力0」
「ええ、私のスキャン結果もそうです。あの両端の二人以外は、雑魚ですね」
「あの魔法使いども。黒いマスクみたいなもので目から下の顔を隠しているぞ」
「あのスタイルの魔法使いは、ローテンシュタイン帝国にはいませんねぇ。よそ者の感じがします」
「顔を隠しているとなると、黒魔法を使って悪事を働く連中によくおるが、その類いかもしれん」
「後で奴らに鎌をかけて、正体を見抜いてやりますよ」
「ほほう。今ちょうど、奴らもこっちの魔力に気づいたみたいだぞ」
「はい。連中も僕らをスキャンしていましたね。感じましたよ、ゾクゾクッと。もう僕らのスキルはバレたでしょうね」
「お互い探り合い、ってか?」
「ええ。商売柄って奴です。相手のスキルを調べるのは性みたいなものですよ」
「どうだね? いけそうかね?」
「ご心配には及びません。僕らの方が魔力の強度も防御も少し上ですよ。容量は向こうの方が上みたいですから、小物を連発してくる可能性があります。油断さえしなければ、勝てますよ。ただ、……」
「ただ?」
「スキャン途中に違和感があるのです。奴ら、もしかして人間じゃないかもしれません」
「くぐつかのう?」
「どうでしょう……。もしそうなら、人間じゃない分、手強いかもしれませんよ」
集団が20メートルくらいに距離を詰めてきたとき、両脇の魔法使いは立ち止まり、真ん中の三人だけが前に出てきた。
「魔法使いを後方に置いたぞ」
「メビウスさん。後方の奴らの狙いは、馬車です。おそらく、僕らの気をそらして、遠方から馬車ごと奪取するはず。ちょっと下がって、馬車に『例のあれ』を仕掛けていただけますか?」
メビウスは軽くうなずくと、五人に視線を向けたまま後ずさりし、2台の馬車の間に立った。
そして、彼は短く詠唱すると、足下に黄金色に光り輝く幾何学模様と古代文字の魔方陣が現れた。
彼は、右手を斜め下にして指を鳴らし、『例のあれ』を仕掛けた。
馬車の見た目には何も変化がないが、二人の魔法使いの黒いマントがユラユラっと揺れた。
どうも、『例のあれ』に動揺したらしい。
そして二人は、ほぼ同時に舌打ちをした。
クラウスは、『例のあれ』の発動を確認すると、彼の方から剣士達へ数歩近づいて行った。
リーダー格の剣士は、手ぶらのクラウスが単独で堂々と近づいてきたことに即勝利を確信し、愉快でたまらないという表情をする。
クラウスは、剣士が見せるその表情が友好を意味しないことは承知の上で、警戒を強めてさらに接近する。
二人の距離は10メートルほどになった。




