第216話 もう一つの通路
ヒルデガルトは、また無言で頷いて、4、2、5、1、3の順番にボタンを押した。
なぜなら、前にボタンをこう押して扉が閉まったからだ。
ところが、どうしたわけか、扉が反応しない。
パスワードを変えられたのか?
彼女は、適当な数列を推測して押してみたが、ピクリともしない。
そのうちに苛立ったシャルロッテが「あたしに押させて!」と割り込んできて、5を5回連打した。
すると、扉がギギギギギーッと音を立てながら閉まっていった。
またもや、異世界の連中のパスワード設定は安直であることが露呈した。
彼女は、どんなもんだいと言わんばかりに、腰に手を当てて得意げなポーズを取る。
皆は、褒め称えるのを忘れ、呆気にとられるばかりだった。
何はともあれ、動き出した扉は、大きな揺れと残響音を残してピシャリと閉まった。
再び、おぞましい地獄絵の彫像群が、彼らを威圧する。
「じゃ、今度は、例の数列で開けてくれ」
ジャクリーヌの言葉に、ヒルデガルトは『最後に死』、つまり3、1、5、2、4の順番にボタンを押した。
すると、地面が小刻みに揺れ始める。
そして、扉がギギギギギーッと重低音を響かせて、真ん中から割れるようにこちら側へ開き始めた。
アンリは、まだ納得がいかない。
「なんで、閉めたり、開けたりしてるんでえ?」
ジャクリーヌは、そろそろ種明かししても良いだろうと思ったらしく、意図を伝える。
「ああ。連中が隠したがっていた、本物の通路を開けるのさ」
「本物の通路? ああ、さっき言っていた……。でも、なんで本物とか偽物とか――」
「わからないか? 最初、連中はボタンを押して扉の向こうへ逃げただろう?」
「確かに」
「次は、向こうから扉を開けてきた」
「ですね」
「向こう側から開けた扉の中に入ったら、一周してここに戻って来てしまった。だから、今度は、連中がこちら側から開けた時と同じ手順で開けて、そこへ入ってやろうということさ。奴らがそこへ逃げるということは、一周してここに戻るような通路じゃない」
「でも、扉って、何度開けても中は同じですぜ」
「ほら、見てみろ。同じじゃないだろ?」
アンリは、半分以上開いた扉の奥を見て、目をかっぴらく。
あのマグマの熱気なぞ、どこにもない。
目の前に現れたのは、薄暗くて、ひんやりとした、コンクリートの廊下だったのだ。




