第213話 ガルネは燃えている
さすがのジャクリーヌも、その小さな黒い影には肝を冷やした。
音もなく着地した影の正体は、黒猫マックスだった。
なぜここに?と緊張する彼女は、さらに肝をつぶすことになる。
今度は、バタバタと音を立てて、長身の男が勢いよく飛び出してきたのだ。
その男は止まろうとしたが、勢いが付いていて止まることができない。
彼は、大股で2、3歩進むうちに何かに蹴躓き、地面へ壮大にダイブした。
黒猫マックスがギョッとして振り返り、「おいおい、大丈夫かよ」と声を掛ける。
スライディングして地面で万歳の姿勢になった男は、ボサボサの髪を乗せた泥だらけのいかつい顔を、ゆっくり上げる。
「やーねぇ、これが大丈夫なわけないじゃないの」
この声は、ポアソン魔法組合のマスター、ジャン=ジャック・ポアソンである。
彼は、そばにいた連中が失笑するので睨み返しながら、ヨロヨロと立ち上がった。
そして、「あんたら、ジャクリーヌ・ピカールを知らない?」とキョロキョロする。
先にジャクリーヌを見つけたのは、黒猫マックスだった。
直ぐさま、彼女の足下へ駆け寄り、火急の知らせを告げる。
「おい! 大変だ! 町が燃えているぞ!」
「何だって!?」
彼女は、頭から四肢から、血がスーッと音を立てて引いていくような感じがした。
「そうよ、あんた! 魔物の大群が押し寄せてきたの!」
ジャン=ジャックが、両手を振りながら彼女に迫った。
二人の報告の真偽を確認するため、ジャクリーヌは彼らが通ってきた横穴に入り、坂道を駆け上がる。
そして、地上の光が差し込む穴を見上げ、立てかけてあった梯子を急いで登った。
墓穴から顔を出すと、彼女の目に飛び込んできたのは、遠方でいくつも立ち上る黒煙であった。
「ね? 燃えているでしょう?」
彼女の足下から、同意を求めるジャン=ジャックの声がした。
「……」
彼女は、無言で首を横に振った。
もちろん、信じられない、という意味で。
魔王討伐は、いよいよ、戦争の様相を呈してきたのだ。




